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十九話 お告げ

「……や、起きなさい――」


 誰かの声が聞こえたのう。

 わしは寝ておるのじゃろうか。

 意識がもうろうとしておるでのう。


「佐知代や、起きなさい」


 今度ははっきりと聞こえたのう。

 ああ、そうじゃ。

 この懐かしく、暖かくわしを包み込むような優しい声。

 これはじいさんの声じゃ。

 じいさんが、わしの名を呼んでおる。

 わしは、じいさんの声に導かれるようにして目を覚ましたでのう。


 ここはどこじゃろうか――。

 緩やかな丘がどこまでも続き、辺り一面お花畑じゃ。

 タンポポやツユクサにレンゲ、見慣れた春の野花の上でわしは寝ておったらしいのう。

 色彩をどこかに落とし忘れたような蝶々が、探し物をしているみたいにひらひらと飛んでおる。


 そしてじいさんが、仰向けに横たわるわしの横に座り、頬笑みながらわしの手を握っておるでな。

 じいさんは若返ったのか、凛々しく軍服を着こなしておる。

 

「じいさんや、わしを迎えにきてくれたのかいのう?」


 しかしじいさんは、悲しげな表情をわしの顔に落とし、無言でゆっくりと首をふったでな。


「佐知代や、わしの言うことをよく聞きなさい」

「なんじゃ、じいさん」

「大切な家族や仲間を守るためには、時として戦わなければいけないことがあるのはわかるかね?」

「なんのことじゃ、じいさん……」

「佐知代をとり巻く環境は、近い将来に大きく変わるかもしれないよ。それは幾度となく繰り返された悲しい争いだ」

「戦争のことを言っておるのか、じいさんや……。戦争はとっくの昔に終わったのではないのかい……」


 わしは強くじいさんの手を握り返したでのう。

 もう戦争は嫌じゃ。

 じいさんが戦争に行ってしまうのは嫌なんじゃ。


「佐知代が生きる世界はどこかね?」

「わしが生きる世界――」


 そうじゃ。

 わしは見知らぬ世界で赤子として生まれ変わったのじゃった――。


「思い出したかね? 大切な家族、大切な仲間を守ってやりなさい」

「家族……仲間……」

「そうだよ佐知代、それを忘れるんじゃない。わしもそうして戦争を生き抜いてきたのだよ」


 じいさんはそう言って、思い出したかのように突き抜けるような雲ひとつない天を見上げおった。


「わしは、もう行かなければならない」

「どこに行くというんじゃ、じいさんや!」


 わしの手を握るじいさんの感触が、角砂糖のようにはかなく溶けて消えていくでな。

 じいさんは徐々に透き通り、雲のようにふわりと天へ浮かんでいきおる。

 

「じいさんや! わしも連れて行っておくれな! 一緒に連れて行っておくれな!」


 涙など枯れ果てた、しわくちゃのばあさんだと思っておったが、溢れ出る涙でじいさんが霞んでいくで。

 差し出すじいさんの手を握ろうにも、まるで空気を掴んでおるようじゃ。

 

「じいさん! 待っておくれな! じいさん!」


 じいさんは、ゆっくりと空に溶け込むようにして天に昇っていったでな――。

 悲しさと寂しさを湛えた、じいさんの柔らかな表情だけが、滴のようにぽつんとわしの心に落ちたのじゃった。




 ☆★☆★☆




 夢――。

 わしは夢を見ておったようじゃ。

 目覚めたわしの頬を涙が伝わっておる。

 涙をぬぐうその小さな幼子の手を見て、わしはサーシャであることを思い出したでのう。


 そうじゃ。

 わしは王宮に招待されて、ランテスの相手をしておるときに気を失ったのじゃった。

 王宮の客室であろう天蓋付きのベッドに、わしは寝かされておるみたいじゃね。

 スレナがわしの手を握りながら、上半身だけをベッドにあずけて眠っておる。

 ダルロはどっしりとしたソファに横になって寝ておるね。

 キリエはどこじゃろうか?

 おったおった、スレナの反対側で、ベッドに背をつけて眠っておったわい。

 わしはどれほど眠っておったのかのう。

 客室のカーテンのひかれた窓からは、一筋の光りが薄暗い室内に差しこんでおる。

 昨夜に倒れたとして、一晩眠っておったのじゃろうか。


「ん、んっ……」


 スレナが薄眼を開けて目覚めたようじゃ。

 その姿勢じゃ熟睡もできなかったろうに。

 パチリとしたスレナの瞳がわしの目が開かれておることを捉えたようじゃ。


「サーシャちゃん!」

「おはよう」

「心配したんだから!」

「ごめんなさい」


 スレナは起きるそうそう、泣きながらわしを抱きしめてもみくちゃにしたでな。

 優しい娘じゃね。

 スレナの大声で、どうやらダルロとキリエも目を覚ましたようじゃ。

 

「おい大丈夫か!」

「サーシャちゃん!」


 スレナたちに話を聞くと、わしは昨夜にランテスの相手をしておる最中に、腰が抜けたようにしてふにゃりと倒れたのだそうじゃ。

 なにが起きたのかもわからぬまま、ヒーリングなどで応急処置をほどこしたが、一向にわしは目覚めることはなかったらしいで。

 王宮の専属の医療班である、ヒーリングのスペシャリストの魔法使いにも原因がわからなかったそうじゃ。

 とりあえず客室にわしを寝かせて、様子を見ることにしたんじゃと。

 ドーロンはすでに帰宅していたらしく、連絡は間に合わなかったようじゃね。

 朝に目を覚まさなければ、わしの家まで馬を走らせることになっておったようじゃ。


 ランテスは自分の魔法のせいでわしが倒れたものと勘違いし、わんわんと泣いておったそうな。

 かわいい子じゃ。

 

「どこか具合の悪いとこはない?」

「うん。大丈夫」


 スレナは妹を労わるように涙を流してわしを心配してくれておる。

 チリチリパーマ大阪おばさん事件が嘘のようじゃね。

 ダルロとキリエも「よかった、よかった」と言って、涙を浮かべておるわい。


 じいさんや、これが仲間なんじゃね。

 じいさんの言っておったわしの大切な仲間は、とても優しく労わりの心を持った仲間じゃよ。

 

「お目覚めになりましたか?」

「サーシャ!」


 執事とランテスが客室へとやってきたわい。

 ランテスは「サーシャごめんよ! サーシャごめんよ!」とわしに泣きながら謝っておるでな。

 大丈夫じゃよランテス。

 わしはかわいいランテスの頭を優しく撫でてやったでな。

 一応、ランテスは王族で失礼かもしれんが、まあいいじゃろ。




 宿屋に迎えにくることになっておった馬車のおじさんは、王宮まで来てくれたわい。

 国王も心配してくれておったようじゃね。

 わざわざ、国王自らわしらを見送りしてくれおったでな。

 趣味の悪い花柄のパジャマ姿じゃったがの……。


 こうして最後にひと波乱はあったが、王都研修は終わったのじゃった。




 ☆★☆★☆




「ママただいまー!」

「サーシャ! おかえり!」


 王都研修が一カ月間だったとはいえ、我が家が懐かしいでな。

 住み慣れた家の独特の匂いというものはいいもんじゃね。

 

「パパが言ってたけど王宮に招待されたんですって……?」

「うん。成り行きでちょっとね」


 母のタリルによると、ドーロンは骨が抜けたように「うちの娘が……うちの娘が……」と、ゾンビのように家の中を一晩中徘徊していたらしいでな……。

 そして一睡もしないでクマをつくり、朝早くに王宮へと出かけたそうじゃ。

 ちょっと衝撃が強すぎたようじゃね。


「タリルさん、おはよう」

「あら、レキセーヌさん」


 朝早くに、レキセーヌさんがわしの家にやってきたでな。

 レキセーヌさんは近所に住む二十代半ばの綺麗な若奥様じゃ。


「昨夜はうちの亭主がツケで食事をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、いいんですよ。顔なじみなんだし」


 どうやらレキセーヌさんは旦那の飲み食いしたツケを払いにきたようじゃね。

 

「あら? レキセーヌさん、珍しいお財布ねそれ」

「三日前に王都で買ったの。若い奥様方に人気があるんですって。今注文しても二週間待ちらしいですよ」


 なんと……。

 レキセーヌさんが手にしておる珍しい財布というのは、ガマ口の財布じゃわい……。

 しかも、深緑の年寄りらしさをかもしだした渋いガマ口の財布じゃ。

 わずか二週間で王都ではガマ口の財布が若い奥様方の間で人気になってもうた。

 裁縫屋のおばさんは先見の明があるで……。

 異世界が古き良き日本色に染まっていくかもしれんでな……。


 のうじいさんや、できれば平和が長く続くといいんじゃがのう――。

 





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