十七話 一度あることは二度ある
「スキップ、スキップ、らんらんらん」
昼休みに食後の軽い運動もかねて、わしが校庭でスキップしておるときじゃった。
ゴンドルア先生が人目を気にしながら校舎裏へと向かったで。
これはなんかあるじゃろね。
特ダネの匂いがぷんぷんしとるね。
わしは急いで校舎裏へと向かったで。
「ゴンドルア先生……来てくれたんですね……」
「キリエさん……話というのは?」
これはたまげたわい……。
壁際からこっそり校舎裏を覗くと、そこにはキリエがおったでな。
どうやらキリエがゴンドルア先生を呼びつけたようじゃね。
キリエはうつむきながら両手を後ろに組んで腰をくねらせておるで。
「ゴンドルア先生! わたしゴンドルア先生のことが好きなんです!」
「キ、キリエさん……」
ぬおおおお。
キリエは直球ど真ん中で告白しおったでな……。
王都研修も残りわずか。
なんとか研修結果を残そうと焦っておるのかもしれん。
「キリエさんはまだ高等部二年で十七歳じゃないか……私は三十四歳なんだよ?」
「関係ありません! 歳の差なんて気にしません! わたしゴンドルア先生のことが大好きなんです!」
なんと大胆なおなごじゃ……。
ゴンドルア先生は困っておるでな。
男子高の教員だけあって、十七歳のおなごの告白なんぞはじめてのことじゃろう。
さてゴンドルア先生は、キリエの告白をどうかわすか見ものじゃね。
「わ、私だってキリエさんのことは気にはなってはいるが……」
「本当ですか! ゴンドルア先生!」
なぬうううう!
これはわしでも予想できなかった展開じゃ……。
ギックリ腰が再発するところじゃったわい。
いや、わしは八歳じゃったか。
「でも、教師としての倫理観というものが……」
「じゃあ、わたしがザルド魔法学園を卒業するまで待っていてくれますか?」
キリエは胸で手を組んでゴンドルア先生を見上げながら懇願しておる。
ゴンドルア先生は両の拳を固く握り、ぷるぷる震えて自我の崩壊をかろうじて保っておるようじゃ。
「わ、わかったよキリエさん……私はキリエさんが卒業するまで待っている」
「せ、先生!」
大変なことじゃ……。
三十四歳の高校教師と十七歳の女学生の、はかなそうでもあり、それでいて純真な愛の誓い。
わしの脳内で「は~るの~」と、とある歌の歌詞が再生されてもうたでな。
「せ、先生……」
「キ、キリエさ……ん……」
なんと!
キリエは目をつぶり唇をすぼめてむにゅうと突き出しておるで。
ゴンドルア先生の倫理観は崩壊寸前じゃ。
顔を真っ赤にして日本猿ならぬ日本ゴリラになっておるでな。
するんかのう。
接吻をしてしまうのかのう。
いや、これ以上覗くのは失礼じゃね。
面白半分で影からこっそりと二人を覗くのは失礼じゃ。
これから先のことは二人だけの秘密がいいじゃろう。
と思いつつも、事の結末をきっちりと見届けてから、わしは校舎裏を後にしたのじゃった。
☆★☆★☆
ステルピア学園での研修も終わり、ザルド魔法学園へと戻ることになったでな。
シスリオットは自信を取り戻し、イジメもなくなったようじゃね。
イジメの首謀者かもわからぬ、敵対候補であったガバザントを副会長に任命するという懐の広さには驚いたわい。
シスリオットは将来大物になるで。
最終日はお土産を買ったり、王都観光でもして明日帰ることになっておる。
わしらがぶらぶらと土産物屋などを覗いておるときじゃった。
「うわっ! 生き倒れだぞおい!」
「汚いじいさんだね~こりゃ……」
「あたしの店先で勘弁してほしいわよ……」
なんか嫌な予感がするでな……。
雑貨屋の前で人だかりができておる。
う~む、一応確認しておくかね。
ちょっくらごめんよと、人だかりをかき分けて覗いてみると、白い山羊ヒゲをたくわえた、浮浪者のようなじいさんが倒れておるわい。
服装はボロボロじゃ。
う~む、どうしたもんかのう。
いかにも怪しいじいさんじゃ。
仰向けに倒れていて、わしを見つけるやいなや胸に手を押し当ててゴホンゴホンと咳込んでおるで……。
演技が下手すぎるじゃろうが……。
しかし、一応ヒーリングだけでもしておくかいの。
ようは後から騙されなければいいだけの話じゃしの。
「はぁ~」スリスリと。
ヒーリングをするとじいさんは元気ピンピンにすっくりと立ち上がったわい。
よろめきながら立ち上がるとか、もう少し考えて演技せんとバレバレじゃ。
「いや~お嬢ちゃん! 助かりましたのう!」
「い、いえ……」
元気すぎるじゃろうが。
実はカマかけてヒーリングの真似しただけじゃ。
もうわしは騙されんで。
「命の恩人のお嬢ちゃんにお礼をしなくては! 是非わしの家に! ささ、お友達も一緒にどうぞ!」
わしら四人もろとも消し去るつもりなのかもわからん。
だとしたら演技は下手じゃが、相当の使い手の刺客かもわからん。
「絶対に怪しいわよ、このおじいさん……。ついて行かないほうがいいよサーシャちゃん」
「俺もやめたほうがいいと思うな」
「どうせ貧乏じいさんよ」
みんなの言う通りじゃな。
みんなを危険にさらすわけにもいかんしのう。
「お断りします」
「いや、そこをなんとか!」
「いえ結構です」
「いやいや! わし本当は金持ちかもしれんじゃろ!」
しつこいじいさんじゃのう……。
古典的ネタとはいえ、自分でネタばらししとるでな……。
「サーシャちゃん、かまうことないよ。行こう」
「うん」
スレナに手を引かれて、わしらは人だかりを離れたでな。
じいさんは跪き「そ、そんな……」と、すがるように手を伸ばしておったわい。
哀れな刺客よのう。
☆★☆★☆
わしら三人は、スレナの買った大量の服やら土産物の荷物を持たされて、夕方に宿屋に到着したでな。
明日の朝には迎いの馬車が来ることになっておるので、晩飯前に荷物の整理などをしておるときじゃった。
なにやら外が騒がしいで。
二階のわしの部屋の窓から外の通りを見ると、とんでもない人だかりになっておる。
まるで花火大会が終わったあとのような、歩けないほどのぎゅうぎゅうの人だかりじゃ。
「どけー! 道をあけろー!」
なにやら大きな声が聞こえるでな。
少しずつ群衆が道を譲るように右の方へと移動していくわい。
「なによこれ……」
「俺もわからないよ……」
「なにが起きたの……」
異変に気づき、わしの部屋にスレナやダルロ、キリエもやってきたで。
左の方からなにやら馬車がやってくるでの。
しかしその馬車はホロ付とかいうレベルではなく、金ピカで豪華絢爛じゃ。
まるで小さな金閣寺を乗せたような馬車じゃ。
その馬車を誘導するかのように、これまた金ピカの鎧をまとった兵士が二人、馬に乗っておる。
馬車の後方にも同じような兵士が二人。
そしてわしらの宿屋の前で馬車はとまったで。
兵士が馬車の扉を開けて片足で跪き、馬車の中から誰かが降りてきたでな。
わしら四人がへばりつくようにして見下ろす宿屋の窓に、その人物はゆっくりと顔を向けてにやりと笑ったで。
なんと、その人物は雑貨屋の前で倒れていたあの汚いじいさんじゃった。
ただあの汚いじいさんと違うところは、王冠をかぶり、宝石が散りばめられた杖を手にして、絨毯のような真っ赤なマントを身につけておるところじゃった――。