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十六話 マニフェスト

 わしの監禁事件から一週間が過ぎたでな。

 王都は一応厳戒態勢をとってはおるようじゃが、あれ以来事件らしい事件はないでの。

 シルクハットのじいさんはうまく逃げのびたようじゃ。

 あなどれんじいさんよのう。

 そしてステルピア学園では、新たなる問題が発生しておる。

 それはシスリオットじゃ。


 おるでおるで。

 今日も昼休みに校舎裏のゴミ捨て場でひとりぽつーんと膝を抱えて座っておるでな。


「いつまでそうしてるの?」

「僕なんてもうダメなんだ……ほうっておいてくれよ……」


 う~む。

 困ったのう。

 あの自信に満ち溢れていた面影はもうそこにはないでな。

 銀髪を垂らして顔を隠しながらぐずんぐずんと泣いておるで。


「イジメを受けているのなら、先生に報告したほうがいいんじゃないの?」

「サーシャちゃんはまだ子供だからわからないんだ。そんなことしたら先生にチクっただとか言われてまたバカにされるだけだよ」


 プライドが高かっただけに誰かに頼るということを知らないんじゃね。

 まあここ一週間、毎日わしが昼休みにここでシスリオットの悩みを聞いてあげてるんだがの。

 

「今日だって買ったばかりの皮の上履きが下駄箱からなくなっていたんだ。おまけに下駄箱に入っていたラブレターかと思った手紙は不幸の手紙だったんだ。ぐずんぐずん……」


 ステルピア学園は外履きと上履きに分かれておるでな。

 学園内には道場のようなところもあるので屋内を汚してはいけないからなのかもしれん。

 しかし陰湿なイジメじゃね。

 まあ、ラブレターは男子高なのでどうかとは思うがの……。


 はっきり言うと、シスリオットがイジメられている原因はわしじゃ。

 模擬訓練でコテンパンにシスリオットを打ちのめしたからのう。

 ゴンドルア先生の指導の元、手を抜かずにお互いぶつかり合うという訓練内容にステップアップしたからじゃ。

 もちろん死なない程度の魔法攻撃じゃがの。

 八歳児の女の子に負け続けるシスリオットは、階段から転がり落ちるかのように評判を落としてイジメがはじまったでな。

 シスリオットの剣術がたけてはいるとはいえ、イジメはおこりうるで。

 シスリオットに対するイジメは、無視や私物を隠すなど精神的にダメージを与えるというものじゃった。

 これではシスリオットは引きこもりになってしまうでな。


「生徒会長の立候補の件はどうするの?」

「今さらそんなことできるもんか。かえって恥さらしじゃないか。それにイジメの首謀者はどうせガバザントの奴に決まってる」


 イジメを受ける前は圧倒的な人気と剣術の腕前という看板をぶら下げて、シスリオットは生徒会長選に立候補することになっておった。

 そして生徒会長選は、同じ二年のガバザントという男子生徒も立候補するらしいでな。

 シスリオットを地に落とし、自らが生徒会長になるべく陰でイジメを主導したのがガバザントではないかという噂もあるが証拠はないで。

 裏工作でもしとるのか、今ではガバザントの人気はうなぎのぼりじゃ。

 


 ここはシスリオットの名誉回復のため策を練るかのう。

 まずマニフェストの作成が必要じゃの。




 ☆★☆★☆




「まず、これに目を通してみて」

「サーシャちゃん、なんだいこれ?」

「マニフェストだよ」

「マ、マニフェスト……?」


 翌日の昼休みにお決まりの校舎裏のゴミ捨て場で、わしがつくったマニフェストをシスリオットに見せたでな。

 昨夜に宿屋で練りに練ったマニフェストじゃ。


「選挙公約だよ」

「選挙公約?」


 わしが考えたマニフェストはこうじゃ。


 1:ステルピア学園への女子生徒の入学の検討を、生徒会として学園長をはじめ教職員にうながす。

 2:ザルド魔法学園の生徒たちとの交流(ザルド魔法学園は圧倒的に女子の比率が高い)

 3:女性剣士の教員の雇用の促進。

 

 この三点の選挙公約を掲げて、生徒会長選に挑むんじゃ。


 以下わしの解釈。


 1について。

 ステルピア学園は男子高ではあるが、この世には女性剣士もおるでな。

 偏差値はここよりは低いが、男女共学の剣士育成高校は他にもあるでの。

 そのような学校を卒業した腕のある女剣士もいると聞くで。

 むさっくるしい男だらけの学園に一陣の可憐な風を送り込む。

 

 2について。

 これは剣士と魔法使いの隔たりをなくすのにも好都合じゃ。

 ザルド魔法学園もそうじゃが、魔法使いには女子が多いでな。

 これはいわば合コンじゃね。

 わしがセッティングすればなんとかなるじゃろ。

 魔法使いに対する偏見をなくし恋人ゲットのチャンスという、いわば一石二鳥のよこしまな作戦。


 3について。

 これは単純明快じゃ。

 美人の女教師でもいれば、男子生徒は違った意味で色めき立つわい。

 大人の魅力をかもしだした色っぽい女剣士の先生。

 思春期の男の子たちばかりじゃからの、この言葉に胸の高鳴りを覚えないわけがないで。


 しかし、このわしの真意をそのまま選挙で演説するわけにはいかん。

 うまくオブラートで包み込み、それなりの解釈に置き換えてスピーチするんじゃ。

 しかし男子生徒たちは、わしの真意である解釈と同じことを想像するじゃろう。

 卒業を控えた三年生はさぞ悔しがるに違いないが、一年生の支持率はもらったようなもんじゃ。

 ガバザントの支持率は高いかもしれんが、二年生の心も揺れ動くじゃろうて。


 名付けて『色仕掛け選挙』


 まず当選間違いなしじゃ。

 地方の過疎化が進み高齢化が進む昨今、積極的に若者たちに出会いの場を提供してやらんといけん。

 そして安定した雇用の確保と出生率の向上が過疎化に歯止めをかけて、将来の地方財政が潤いさらなる飛躍となるじゃろう。

 しかしここは異世界じゃったな。

 まあええわ。


「本当にこれで大丈夫かな……」

「大丈夫。あたしを信じて」


 わしは後ろに手を組んで、パチリと片目をつぶったでな。




 ☆★☆★☆




「であるからして、剣術向上のため日々精進できる環境づくりを私は考えております。以上です」


 パチパチパチパチ。


 全校生徒およそ三千人を前にして敵対候補のガバザントの演説が終わったわい。

 石造りの体育館のようなところに全校生徒が集まり、生徒会長選挙のスピーチじゃ。

 ガバザントの演説はありきたりなものじゃね。

 筋力トレーニングの機材の増強だの、タンパク質の摂取を増やすべく食堂のメニューの改善だの、筋肉バカの考えるようなことばかり述べておったわい。


「次はシスリオット君の演説です。シスリオット君、壇上へ」

「は、はい」


 シスリオットの番じゃね。

 ところどころで「バカじゃね」「イジメられてるんだろあいつ」などとシスリオットを揶揄する声も聞こえるが大丈夫じゃ。

 頑張るんじゃよ。

 ちなみに投票権はないが、わしやスレナにダルロとキリエも演説を傍聴しておるでな。


「お集まりの皆様、私は三つの選挙公約を今ここに掲げます。

 まず第一は男女共学です。

 この世には素晴らしい女性剣士がいることは周知の事実かと思われます。

 先の大戦で活躍した、女性剣士ネイチルをはじめ、社会史では様々な名のある女性剣士が登場しますが、今なおステルピア学園では女性の入学は認められてはおりません。

 今こそ、その封建的な考え方を改め、女性でも活躍できる王宮制度の改革の第一歩を目指そうではありませんか。


 第二は魔法使いへの偏見です。

 彼ら彼女たちの魔力は我がダイゴン王国にとって計り知れないほどの有益性を秘めています。

 剣士が戦いで傷つき、それをヒーリングで癒してくれるのは誰でしょうか? 

 言わずとも知れた彼ら彼女たちです。

 確かに私たちには魔力はありません。

 魔力を憂い羨み、偏見を持つ者が少なくはないのは事実です。

 あそこに座っているザルド魔法学園のサーシャちゃんの魔力を、皆様も模擬訓練でごらんになったでしょう――」


 ここで全校生徒が最後尾に座っておったわしを振り返りおった。


「壊滅的破壊力です。

 私は八歳という若さのサーシャちゃんに完膚なきまでに叩きのめされました。

 しかしそれを恥ずべきことだとは思っておりません。

 逆に私は、なんて心強い味方がこのダイゴン王国にいてくれたのだろうと感謝しています。

 個人の小さな器で物事をとらえるのではなく、もっと大きな器、国家としての立場から魔法使いという存在について考えてみてください。

 私たちは魔法使いとの交流が少なすぎたのです。

 だからこそ、ザルド魔法学園の女子生徒たちとの交流を増やし、お互いの距離を縮めるべきだと思っています」


 ふふふふ。

 ここは女子生徒と限定して強調するのが効果的じゃ。


「第三は女性剣士の職員の雇用です。

 男性に力が劣る女性剣士がなぜ活躍できるのか?

 柔よく剛を制すという言葉を私はサーシャちゃんより教わりました。

 そのような女性剣士がどのような技法を駆使して、男性剣士と互角に渡り合えるのかは、深く考察するべきことではないでしょうか。

 それには女性剣士の教員が欠かせません。

 実力のある、美しい女性剣士の雇用の促進を推し進めるべきだと思っております」


 さらっと美しいという言葉を入れるのがポイントじゃ。


「以上を選挙公約として、私が当選したあかつきには全校生徒の総意として、生徒会が学園側に改革をうながすべく努力していくことをお約束します」


 シスリオットは毅然とした姿勢から深々と一礼したでな。

 わしの用意した原稿に一度も目を落とさず、丸暗記じゃ。

 さすがじゃで。


 パチパチ――。

 パチパチパチパチ――。

 パチパチパチパチパチパチパチ――。


『うおおおおおおおおおおおおおおおお』


 全校生徒拍手喝さいじゃ。

 こんな光景を以前見たことがあるでな……。

 独身のゴンドルア先生は、涙を流してひときわ大きな拍手をしておるで……。


 こうして即日開票の元、シスリオットは驚異的な得票率で生徒会長へと当選したのじゃった。

 めでたし、めでたし。

 


 

 

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