十五話 ごめんなさい
わしは今、監禁されておる。
まるで牢獄のような部屋で、湿ったカビ臭い二十畳ほどの石造りの部屋じゃ。
ここは地下室なので、叫んでもわしの声は誰にも届くことはないじゃろう。
誘拐犯を除いては。
まさかあやつがこんなひどいことをするとは思わんかったで。
薄暗かったとはいえ、目も慣れて室内の様子もわかってきたわい。
恐ろしいことに、この部屋には拷問器具のような物がいろいろ置かれておるでな。
正座をさせて、膝の上にでも乗せるかのような重そうな石板。
呼吸を奪い、極限の苦しみを断続的に味わせるために用意されたかのような水を張ったバケツ。
レンガで組まれたバーベキューコンロのような中には、肌をじりじりと焼きながら、切り傷を負わせるであろう真っ赤に焼かれた短剣。
室内にはパチパチと薪のはぜる音が、静寂の中に不気味に鳴り響いておる。
万事休す。
あやつの目的がなんなのかは今のところわからんでな。
わしをここに閉じ込めて頑丈な鉄扉をガシャンと施錠しどこかへ行きおった。
ちょっとやそっとの魔法じゃびくともしなさそうじゃ。
かといってデスファイナルの最終魔法を使うことは固く禁じられておる。
近隣住民まで死んでまうでな。
かれこれ三十分は経つじゃろう。
拷問器具をまじまじとわしに見せつけ、さらなる恐怖を増幅させる演出なのかもしれんのう。
事前に計算された犯行かもわからん。
八歳児をおもちゃにしようとでもいうのかの。
許せんで。
あやつはおぞましい性癖を持ったやつなのかもしれんでな。
ことの発端は今日の夕方までさかのぼるでな――。
☆★☆★☆
今日もゴンドルア先生は、わしのあとをつけまわしておる。
ステルピア学園での授業も終わり、わしらが宿屋に帰るまでついてきおるで。
ゴンドルア先生は自分ではバレてないと思っておるようじゃがの。
もちろんスレナやダルロ、キリエにはこのことは話してはおらん。
無用な心配はさせたくはないし、当たり前の日常を送ってほしいからじゃ。
あやつの目的がなんなのかはわからんのじゃが、まずわしひとりが目的と見ていいじゃろう。
宿屋に着くと、あのじいさんがわしを待っておったでな。
そうじゃ。
裁縫屋の前で倒れてわしが助けたあのじいさんじゃ。
今日はボロボロの服装ではなく、小奇麗な恰好をしておるね。
しゃれたシルクハットのような帽子をかぶり、タキシード姿のようないでたちじゃ。
手に持つステッキは足腰の弱さを補うためではなく、フォーマルないでたちに見事にマッチングしておるようにも見えるでな。
この異世界でも、このようなしゃれた服装もあるんじゃね。
スレナやダルロも驚いておる。
キリエは顎が外れたかのように、空いた口が塞がっておらんでな。
「いつぞやは大変お世話になりましたのう」
「いえいえ」
「命の恩人にお礼でもと思いましてのう。こうしてやってきたのじゃよお嬢ちゃん」
これはあれじゃね。
貧乏だと思っていたじいさんが、実はとんでもない大金持ちだったという古典的なパターンじゃね。
別にわしは下心があってこのじいさんを助けたわけではないのじゃがのう。
しかし――。
むふふふふ。
悪い気はせんでな。
どんなお礼をしてくれるのか楽しみじゃわい。
「つきましては、是非お食事にお嬢ちゃんをご招待したいと思いましてのう」
「そんなとんでもない。あたしは当たり前の行動をとったまでです。お気になさらずに」
ここは一応、儀礼的に断っておくのが筋じゃろう。
しかし、わしは行く気まんまんじゃで。
「それではわしの気が収まりませんでのう。残りわずかな人生、悔いを残してあの世にいくのは忍びないのでのう」
「そこまでおっしゃるのなら……」
さてさて、どんなご馳走が出てくるのやらじゃ。
帰りには贈り物でもわしに寄こしてくるかもしれんのう。
「大変恐縮ではありますが、お嬢ちゃんお一人のご招待となりますがよろしいかのう」
「そうなんですか……」
一応、後で見守るスレナたちに申し訳のない顔を向けるで。
ここで「じゃあ行ってくるね!」なんて陽気にほいほい出かけたら友達関係に亀裂が入るでな。
「あたしたちは気にしないで。行っておいでよサーシャちゃん」
「そうだよ、おじいさんを助けたのはサーチャちゃんなんだし」
「そ、そうよね……残念だけど仕方ないわね……」
というわけで、わしはほいほいとじいさんの招待を受けることにしたわい。
じいさんの家は歩いて十分ほどのところにあるらしいでの。
しかし困ったのう。
ゴンドルア先生がわしを相変わらずつけまわしておるで。
日も落ちかけて辺りは薄暗くなってきておる。
街灯なんてもんはないのでの。
闇に乗じてわしを誘拐して連れ去るつもりじゃないじゃろうな。
せっかくのじいさんの招待に水を差すんじゃないで。
「ここがわしの家です」
しばらく歩くとじいさんの家に着いたようじゃ。
まあ期待してたほど大きな家ではないが、二階建ての石造りの屋敷じゃね。
普通の民家は大抵一階建てなので、金持ちの部類なのかもしれんのう。
門構えや庭園もあるようじゃ。
しかし、かなり老朽化が進んでおるようじゃねえ。
あえてリフォームをしないで、古民家のおもむきを残しているのかもしれん。
「食事の用意ができるまで、ゲストルームで待っていてくれんかのう」
「はい」
とはいうが、ランプの炎に照らされた屋内はガランとしておるで。
人の気配もないでな。
まあどこかにじいさんの息子と意地悪な嫁がおるんじゃろう。
案内されたゲストルームは地下にあるようじゃね。
階段を下りで重厚な鉄扉の中へとわしは通されたで。
目が慣れてはおらんので薄暗くてよくわからんのじゃが、暖炉でもあるんじゃろうか。
角のほうで淡い光を灯しながらパチパチと薪がはぜておるようじゃね。
わしは寒さが苦手じゃからな。
地下のこのゲストルームはわしに配慮した親切設計じゃね。
「それでは、ここでしばらくお待ちください」
「はい」
ガシャン――。
☆★☆★☆
こうしてわしは、まんまとじいさんに監禁されてしまったのじゃった。
恩を仇で返すとはまさにこのことじゃな。
しかしまだ、あやつの狙いがわからんで。
「サーシャ。気をつけるがよい。あやつはかなりの手練れ」
「おまえさん起きておったんかいな」
ダイゴンによれば、あのじいさんはかなりの魔法の使い手らしいでな。
それを早く言えといいたいところじゃが、わしひとりになるのを待っていたのかもしれんの。
ガシャン――。
じいさんが施錠を解いてようやく戻ってきおったわい。
相変わらずニコニコしておるが、拷問器具をいざ目にした後となると、この笑顔は不気味じゃね。
「さて、簡潔に言おう。わしはアラハルト王国のスパイでもあり刺客。お嬢ちゃんの噂を聞きつけての」
「裁縫屋の前で倒れたのは演技だったの?」
「その通り。ヒーリングを使える魔法使いがそうそうタイミングよくそこにいるわけではないからのう。お嬢ちゃんが裁縫屋から出てくるタイミングを見計らっておったのだよ」
う~む。
さすが年寄りじゃ、わしでもこやつの演技を見抜けなかったわい。
「目的はなに?」
「お嬢ちゃんの選択肢はふたつ。アラハルト王国の魔法使いとして仕えるか、それともここで死ぬか――」
このじいさんの話によれば、将来アラハルト王国の脅威になろうであろうわしの芽をここで摘んでおくのが目的じゃ。
しかしその力をアラハルト王国のために捧げるならば、命は助けてやるというものじゃね。
「数年前にあったアラハルト王国とダイゴン王国の局地的戦闘は今や小康状態。なぜだかわかるかね?」
「いえ」
「隣国の手前、戦争を仕掛けるには大義名分が必要なのだよ、お嬢ちゃん」
「はあ」
「それには諜報活動も必要ということが、お嬢ちゃんにはわからないだろうねえ」
「はい」
いや、なんとなくならわかるでな。
全面戦争ともなれば、隣国にも多大な影響が及ぶでな。
しかし隣国を納得させるだけの大義名分があれば、全面戦争に乗り出すつもりなのじゃろう。
敵国内に忍び込んで諜報活動を続け、さらには敵の戦力をも計ろうという魂胆じゃな。
そして、どこから漏れたのかわからんが、わしという存在に気が付いたのじゃろうて。
「おじいさんの名前は?」
「それはまだ言えんのう。お嬢ちゃんの答えを訊くまではのう」
わしは父と母、仲間を裏切って敵国アラハルト王国に行くつもりはないで。
こやつと戦うしかないんかのう。
困ったのう……。
「サーシャさーん!」
ん? あれはゴンドルア先生の声じゃ。
上の階からわしを探す声が聞こえてくるでな。
「おや、邪魔が入ったようだのう」
ゴンドルア先生が、わしの名を呼びながら階段をガタガタと降りてくるのがわかるで。
そしてこの部屋を見つけたようじゃ。
開かれた鉄扉から、勇ましくゴンドルア先生が室内へ入ってきたでな。
「貴様! なに奴!」
「邪魔するでない。灼熱なる炎の精霊よ、汝の息吹となりて全てを焼き尽くさん。ファイナル!」
じいさんのステッキの先から、ごうごうと炎が噴き出しゴンドルア先生を襲ったでな。
しかし、ゴンドルア先生は機敏な動きで屈み込み、ファイナルを避けてじいさんの横に回り込んだで。
ゴリラのわりに素早い動きじゃ。
いやゴリラだからこそとも言うべきじゃろうか。
「サーシャさん! 模擬訓練を思い出してください! 狭いフィールドでの戦いを!」
そうじゃ。
タイミングが必要じゃな。
ゴンドルア先生がじいさんの魔法攻撃をかわしたそのときがチャンスじゃ。
わしがブリザガンドかなんかの単体魔法をぶっ放せばいいんじゃ。
単体魔法でなければゴンドルア先生が危ないでの。
じいさんは二発目のファイナルをぶっ放しおったわい。
ゴンドルア先生はかろうじてそれを避けたが左腕に直撃してしまったようじゃ。
左腕はだらりとぶら下がりえらい火傷じゃ。
これは急がんといけん。
ゴンドル先生が三発目のファイナルをくるりと回転しながらかわしたで。
今がチャンスじゃ。
「ブリザガンド!」
無数の氷の塊がじいさんに向かっていくで。
直撃したら命はないじゃろう。
「ふんぬ!」
しかし、わしの攻撃は通じなんだ。
じいさんはステッキを握る右手とは反対の手を突き出して、ブリザベストの氷のシールド魔法をつくりおったわい。
シールドは半分ほど損壊したとはいえ、じいさんは無傷じゃ。
やるの、このじいさん。
「詠唱なしでブリザガンドとは末恐ろしい子供じゃのう」
じいさんはそう言うが、にやりと笑って余裕の表情を浮かべておる。
これはまずいかもしれん。
そのときじゃった。
「うおおおおおおおおおおおおお」
ゴンドルア先生が片手だけで握られた剣を振りかざし、じいさんに突っ込んでいきおる。
玉砕覚悟の捨て身の攻撃じゃわい。
自分は死んでもいいから、わしに魔法攻撃を仕掛けろという合図じゃな。
しかしゴンドルア先生を死なすわけにはいかんでな。
ここは賭けに出るしかないじゃろう。
「穢れなき炎の精霊よ、我が盟約に従い、いにしえより蘇り、全てを焼きつく――」
「な、なに! 最上級範囲魔法のファイアブレガの詠唱だと……」
じいさんはゴンドルア先生に向けられたステッキを下げて、一目散に開かれた鉄扉から逃げて行きおった。
作戦成功じゃ。
最上級範囲魔法をこんな部屋でぶっ放したら、とんでもないことになるのがわかっておったようじゃね。
詠唱の途中でファイアブレガの魔法に気づいたようじゃ。
この魔法は焼夷弾のような、爆弾の炎に包まれる範囲魔法じゃ。
ちなみにザルド魔法学園では、わしを含めてミッチル先生とガルロ学園長しか使えんわい。
「先生! 大丈夫!」
「だ、大丈夫だ……うっ……」
ゴンドルア先生は、焼けただれた片腕を抑えながら苦しそうじゃ。
わしはヒーリングでゴンドルア先生の傷を癒したでな。
「ゴンドルア先生! 大丈夫ですか!」
「敵はどこだ!」
「探せ! 探せ!」
そこに王宮の兵士やら魔法使いやらがわんさかやってきおったわい。
なんとか助かったとはいえ、まんまとあのじいさんに騙されてもうた。
あやうくゴンドルア先生を死なせるところじゃった。
これだけの王宮の兵士が集まれば、あのじいさんも戻ってはこないじゃろう。
のちに話を聞くと、ゴンドルア先生はわしに歪んだ愛情を抱いた変質者ではなかったでな。
ガルロ学園長と、ステルピア学園の学園長の話し合いにより、幼いわしに見張りをつけることになっておったようじゃね。
わしに危険が及ばないように、ゴンドルア先生は遠巻きに見守ってくれていたんじゃと。
しかしあのじいさんが敵国のスパイだとはゴンドルア先生もわからなかったそうじゃ。
念のためにわしらのあとをつけると、屋敷はまるで廃墟のようで、そこに人の生活は感じられなかったのを不審に思ったんじゃて。
わしはあえて古民家を装った粋な屋敷だと思っておったのじゃがの……。
道歩く人に王宮の兵士に連絡してもらい、一人わしへの元へ駆けつけてくれたようじゃ。
ゴンドルア先生に菓子折りを持って謝りに行かんといけんね。
今回はさすがに軽率だったでの。
ゴンドルア先生、ごめんなさい。