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十三話 模擬訓練

「オラ! もっと腰を入れんか!」

『はい! ゴンドルア先生!』


 すごい光景じゃのう。

 千人はおろうかというステルピア学園の生徒たちが、校庭で木剣で素振りをしておるでな。

 腰布一枚で、上半身は裸じゃ。

 みな筋骨隆々で汗がほとばしっておるわい。

 キリエはもう腰が砕けてメロメロになっておるでな。


「今素振りをしているこの子たちは二年生です。全校生徒を合わせれば三千人ほどでしょうか」


 ステルピア学園は、ザルド魔法学園のように小中高一貫性の学園ではなく高等部の三年制じゃ。

 各地の中等部を卒業しステルピア学園を受験する者は、体力試験や剣術試験、一般教養試験を合格しなくては入学はできんらしいの。

 簡単に言えば、ダイゴン王国で偏差値の一番高い学校のようなもんじゃね。

 将来性ある才能豊かな学生たちの集まりじゃ。

 王宮の兵士を目指すからには教養も必要なんじゃな。


 ゴンドルア先生というこの男性は三十台半ばといったところかね。

 一言でいうなら、あれじゃね。

 毛のないゴリラじゃね。


「よーし! 素振りやめ!」

『はい! ゴンドルア先生!』


 一糸乱れることなく生徒たちはビシっと起立姿勢をたもっておるね。

 相当このゴリラ、いやゴンドルア先生は怖い先生なんじゃろう。


「シスリオット! こちらに来い! あとは全員教室に戻れ!」

『はい! ゴンドルア先生!』


 呼ばれた生徒がこちらに駆けてくるでな。

 

「これがシスリオットです。高等部二年の中でも剣術の腕は一番でしょう。一人ずば抜けています」


 ほう。

 体格はもちろんガッチリしておるが、筋肉が付きすぎというわけでもないの。

 しなやかなバネのような筋肉じゃ。

 男子だというのに、ストレートの銀髪が肩まで伸びておる。

 その端正な顔立ちは、揺るぎない自信に満ち溢れておるようじゃ。

 


「このシスリオットを含め、剣士二名、魔法使い二名に分かれて模擬訓練を行いたいと思います」


 ふ~む。

 どんなことをするんじゃろうね。


「訓練は午後からになります。そろそろ昼も近いので、シスリオットとみなさんで食事でもして親睦でも深めるといいでしょう。シスリオット頼んだぞ!」

「はい! ゴンドルア先生!」


 そう言ってゴンドルア先生は学園内に戻っていきおった。

 シスリオットとかいう男子生徒は、冷ややかな眼差しでわしらを見つめておるでな。

 スレナは負けじと見つめ返しておるようじゃが気迫負けじゃね

 すぐ目を反らして下を向きおった。

 ダルロは「いやぁ~よろしく~」なんて頭をさすっておべっかしとるわい。

 キリエは失神寸前じゃ。


「君たちがザルド魔法学園上位のエリートなのかい?」

「そ、そうよ!」


 気まずい沈黙を破ったのはシスリオットじゃった。

 スレナは少し落ち着かんといけんの。

 

「そこの君。その剣はなんだい?」

「いやぁ~俺の自慢の剣なんです~てへ」

「ちょっと見せてもらってもいいかな?」

「あ、どうぞ、どうぞ」


 シスリオットはダルロの剣を鞘から抜いていろいろと観察しておるの。

 そして柄の紋章に目をやると、ふんっと鼻を鳴らしてダルロに剣を返しおったで。


「ミーテルエの紋章か」

「な、なんでしょう……?」

「君はミーテルエも知らないのに、そんなレプリカの剣が自慢なのかい? ミーテルエといえば、魔王ダイゴン討伐に携わったという伝説の魔法剣士だよ」

「はあ……」


 シスリオットの話によれば、名のある数々の剣士が前衛で魔王ダイゴンの動きを封じ、そこにザルド大魔道士がデスファイナルの最終魔法を解き放ったらしいの。

 デスファイナルを受けて、剣士たちは名誉の死をとげたらしいで。

 剣士たちは、はじめから死を覚悟しておったらしく、ザルド大魔道士は彼ら剣士たちの亡きがらを前に涙したらしいでの。

 王宮図書館の文献にそう記されておるらしいで。

 その文献のミーテルエの記述にその紋章が出てくるそうな。

 これもまた一説なのかもしれんが、あとからダイゴンに聞いてみるとするかね。

 あやつが口を開けばの話じゃが。


「神話の伝説の魔法剣士に憧れる者もいるらしいが、無駄だよ。所詮は神話、魔法剣士なんて色ものは諦めた方がいい」

「はあ……」


 ダルロはうなだれておるね。

 見下されてさぞ悔しかろうに。

 しかしダルロよ、地下の秘密をしゃべらないお主は男じゃで。

 

「そこのお嬢さんは、何歳なのかな?」


 きおった。

 わしにふってきおった。


「八歳です。名前はサーシャです」

「ふん、ステルピア学園もバカにされたもんだね。小等部の子供を連れてくるなんて」

「なにいってるのよ! サーシャちゃんは天才の飛び級よ! デスファ……」

「ん? デスなんだって」

「なんでもないわよ……」


 わしが使ったデスファイナルの最終魔法のことは、一部の生徒を除き内緒になっておるでな。

 世間に知れ渡ると、どんな事態になるかわからないというガルロ学園長の判断じゃ。

 あくまでもデスファイナルの魔法が内緒というだけで、わしがなんらかの魔法の爆弾をぶっ放したことにはなっておるがの。

 博識なミッチル先生だからこそ気づいただけであって、他の生徒たちにはデスファイナルの魔法もそれがどんな魔法かも知らんからの。

 しかしシスリオットも博識じゃのう。

 

「あ、あの!」

「なんだい?」

「わたしキリエっていいます!」

「あっそう」


 だからキリエよ……おさげをブランコの鎖を持つようにしてがっくりするのはやめるんじゃ……。

 わしが誰かいい見合い相手を探してやらんといけんかもしれんのう。

 心配じゃよこの娘は。




 ☆★☆★☆




 ステルピア学園の食堂で食事をとり、午後からの模擬訓練とやらがはじまったで。

 シスリオットは「ここが食堂だから」と、食堂を案内しただけでどこかにいってしまいおった。

 親睦もなにもあったもんじゃないでの。

 食堂では奇異な目に晒されて肩身の狭い思いをしたで。

 

「それではシスリオットチームと、私のチームに分かれましょうか」


 ゴンドルア先生も模擬訓練に参加するらしいの。

 先生が連れてきた生徒二名も剣術にたけた成績優秀な子らしいでな。


「まず、サーシャさんは私のチームに入ってください」

「はい」

「スレナさんも私のチームに入ってください」

「はい、わかりました」

「ダルロ君とキリエさんはシスリオットのチームです」


 もしやとは思うが……。

 ゴンドルア先生は自分の好みでチームを決めておるんじゃないじゃろうな……。

 このゴリラ気をつけねばならん。


 模擬訓練というだけあって、みな頭から鉄鎧を身につけておるの。

 もちろんわしら魔法使いはマント姿じゃ。

 敵味方わかるように、鉄兜の上には赤い羽根と白い羽根で目印がされておるでな。

 大将の羽は大きいので誰が大将かもわかるようになっておる。

 ゴンドルア先生率いるわしらのチームは赤じゃ。

 さすがに剣は真剣ではなく木剣じゃの。

 鉄鎧は魔法防御のためじゃろうか。


「ザルド魔法学園のみなさんは、前衛で戦う剣士を後方から魔法で支援してください。ただ味方まで魔法に巻き込まれてはいけないので、タイミングが重要です」

『わかりました』

「敵陣営に置かれた旗を奪えば勝利となります。原則として死を伴う攻撃は禁止とします」


 それもそうじゃな。

 訓練で殺されたらたまったもんじゃないでの。

 

 校庭には木剣でラインが引かれて、細長いフィールドで戦うことになっておる。

 そのラインをはみ出せば反則負けじゃ。

 幅は七、八メートルほどで、敵陣営まで三十メートルといったところかの。


「それでははじめ!」


 ゴンドルア先生ともう一人の生徒が敵陣営に向けて走って行くでな。

 向こうからもシスリオットともう一人の生徒がこちらに走ってくるわい。

 わくわくよのう。

 

「サーシャちゃん、あたしたちも距離を詰めすぎないように進もう」

「うん」


 前衛はもみ合いになっておるでな。

 この状況では魔法は繰り出せん。

 ダルロとキリエも隙をうかがっておるようじゃ。


 そのときじゃった。

 ゴンドルア先生が柄で受け止めたシスリオットの剣を押し返し、一歩横にずれたで。

 これは魔法支援の合図じゃの。


「凍てつく氷の精霊よ、汝の杖にその力を! ブリザード!」

 

 スレナがブリザードの魔法を繰り出しおった。

 しかしこれは悪手じゃ。

 鉄鎧にブリザードは効かんじゃろう。

 スレナは遠慮したのかもしれん。

 シスリオットがものともせずにこちらに突っ込んでくるでな。

 前線を突破されてもうた。

 仕方がないのう。


「灼熱なる炎の精霊よ、汝の息吹となりて全てを焼き尽くさん。ファイナル!」


 火炎放射魔法最上級のファイナルじゃ。

 それも詠唱付きじゃで。

 むふふふふ。

 はんぱな威力じゃないで~。

 鉄鎧をまとっておるし死にはせんじゃろ。

 熱せられた鉄鎧はブリザードで冷やせばたいした火傷もしないじゃろうて。


「な、なんだと! ファイナ……」


 シスリオットはファイナルを全身に受けて、後方に十メートルは吹っ飛びおったで。

 ダルロとキリエが必死にブリザードの魔法でシスリオットを冷却しておるわい。

 その隙をついてゴンドルア先生が敵陣の旗を奪ったでな。

 わしらの勝利じゃ。


「高等部二年でファイナルですか……噂には聞いてましたがすごいですねサーシャさん」

「いえ」


 ゴンドルア先生も驚いておるようじゃね。

 ちょっと視線にいやらしさを感じるのは気のせいじゃろうか……。


「シスリオット!」

「はい! ゴンドルア先生!」

「貴様は敵の魔法使いの見かけに油断して、相手の力量を見誤ったな!」

「すみません! ゴンドルア先生!」


 シスリオットはまるで雪だるまじゃの。

 頭だけが雪の塊からひょっこり出ておるわい。

 学園の校舎の窓から模擬訓練を見ておった全校生徒の前での。

 しかし親睦を深めるというよりは、これでさらに溝は深まってもうた……。


 わしらは、このような模擬訓練を何度か繰り返したで。

 模擬訓練は剣士と魔法使いの連携プレイが目的じゃ。

 勝ち負けじゃないで。

 それを踏まえた上で、ゴンドルア先生も相手チームの練習になるように自らの動きを制限してたでな。

 実力はシスリオットよりゴンドルア先生の方が数段上といった感じじゃね。

 ダルロとキリエも魔法を放つタイミングはうまいもんじゃった。

 限られたフィールドの中での策は限られるじゃろうが、剣士との連携をはじめて経験したわしらには勉強になることも多かったでな。

 

 こうしてステルピア学園での研修初日は終わったのじゃった。




 ☆★☆★☆




「ちょっと用事あるから出かけてくるね」

「サーシャちゃん、ひとりで大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 晩飯は無難に宿屋のおばさんがつくる料理を食べたでな。

 わしはちょっくら用事があったのでスレナの心配をよそに、外に繰り出したで。

 しばらく歩くと目的の場所に到着しおった。

 以前、何度か母のタリルと来たこともある裁縫屋じゃ。

 わしの子供服なんかはタリルがこしらえてくれておるでな。

 モンペなどならわしでもつくれるんじゃが、洋服となるとタリルの方が腕は上じゃからのう。

 

「いらっしゃいませー。あら? サーシャちゃん?」

「おばさん久しぶり」


 裁縫屋の小奇麗なおばさんは、わしのことを覚えておったようじゃね。

 わしひとりなので驚いておるようじゃ。

 手っ取り早く事情を説明し本題に入るで。


「これなんだけどつくれるかな?」

 

 わしは紙に書いた図をおばさんに見せたでな。


「生地はうちのを使うとして、この金具は鍛冶屋にでも依頼しないといけないわね」

「どれぐらいかかるの?」

「一週間もあれば大丈夫じゃないかしら?」

「じゃあ、おばさんお願いね」


 なんとかなりそうじゃね。

 一週間後が楽しみじゃわい。


「うわっ! 生き倒れだよ……汚ねえじいさんだなあ……」

「誰かどっかに埋めてこいよ……」

「やだよ汚い……」


 ん? なんじゃ?


 裁縫屋を出ると人だかりができておるね。

 ちょっくらごめんよと、人だかりをかき分けて覗いてみると浮浪者のようなじいさんが倒れておるわい。

 生きておるんじゃろうか。

 

「お嬢ちゃん! 汚いからやめておきな!」


 そんなこといってられるかいの。

 年寄りが倒れてるのにほっておけるわけがなかろうて。

 じいさんの口元に耳を当てると微かに息はあるで。

 えがった、えがった。

 仰向けに倒れたじいさんは胸に手を当てておるね。

 心臓じゃな。

 心筋梗塞だとか狭心症のたぐいかの。

 医者じゃないのでよくわからんが、ヒーリングあるのみじゃ。


「はぁ~」スリスリと。


 しばらくスリスリを繰り返すとじいさんの息も整ってきたようじゃ。

 

「おじいちゃん大丈夫?」

「あ、ああ。お嬢ちゃんが助けてくれたのかの……」

「うん。とりあえずここにいたら体に悪いからあたしの宿に行こうよ」

「すまんのう」


 わしの背丈ではじいさんを支えてやれんので心配じゃったが、じいさんはよろけながらもなんとか宿に到着したでな。

 じいさんのボロボロの服装を見て誰も手をかしてくれんかったわい。

 都会もんは冷たいのう。


「サーシャちゃん……誰それ……」

「おいおい、これ浮浪者じゃないのか……」

「貧乏そうなじいさんね……」


 キリエ、お互い様じゃろが。


 とりあえず、わしの部屋にじいさんを寝かせて、詳しく話を聞いたでな。

 歩いておったら急に胸が苦しくなって、倒れ込んでしまったんじゃと。

 帰る家は一応あるらしいで。

 嫌味な息子の嫁に毎日いびられて、気晴らしに散歩しておったそうじゃ。

 わかるで、わかるで。

 じいさんや、わしは痛いほどじいさんの気持がわかるで。


「とりあえず今日は泊まっていきなよ」

「すまんのう、お嬢ちゃん」


 袖すり合うもなんとかじゃ。

 宿屋のおばさんには申し訳ないと謝って、わしはスレナの部屋でひとつのベッドで一緒に寝ることにしたでの。

 わしはちっこいから大丈夫じゃろ。


「ちょっと、サーシャちゃん! シーツ引っぱらないでよ!」

「ごめん」




 その日の夜は心も体もポカポカと温まるようで、スレナのくせっけのある赤髪が、ときおりわしの鼻をくすぐるのじゃった――。

 

 

 

 

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