十二話 親子丼
わしらは今、王都に向かって馬車に揺られておるでな。
干し草を運ぶような荷台の付いた馬車ではなく、ホロ付の立派な馬車じゃ。
なんせ王都じゃからのう、ザルド魔法学園の代表として恥はかけん。
ガルロ学園長が手配してくれおった。
ちなみに沈黙をつらぬくダイゴンはわしのポケットの中じゃ。
スレナは引っ越しでもするのかというほどの大量の荷物を荷台に積め込みおったで。
馬が泣いておるわい。
ダルロはやはり杖の代わりに剣を持ってきたようじゃのう。
刀身が一メートルほどの両刃の剣じゃ。
柄にはよくわからん紋章のようなものが刻まれておるね。
牛革でこしらえた鞘に大切に納めておるわい。
キリエはまるで別人じゃ。
厚化粧で顔面が固まっておるで……。
笑ったらヒビが入りそうじゃの。
まだ出発したばかりなので、王都はまだ先じゃ。
のどかな田園風景が広がっておるのう。
小さい鳥がチュンチュンとさえずりながら空を飛んでおるね。
ここら一帯は気候の変動も激しくはないので、毎年豊作じゃ。
夜や朝方など冷える日は暖炉に火を灯すこともあるがの。
ガタンゴトンとしばらく馬車に揺られると、ちらほらと石造りの建物が見えるようになってきたわい。
石畳に馬のひずめがカチャカチャと打ち付けられておる。
王都はもうすぐじゃね。
「しかし王宮はすごいよな~」
ダルロが荷台から身を乗り出して、遠くに見える王宮を眺めておるね。
母のタリルに聞いたのじゃが、王都では王国直属の機関以外、全ての家が二階建てまでと制限されておる。
どこからでも王宮を遠目に眺めることができるようにするためじゃ。
まるで権力の象徴のように見えなくもないが、タリルによると有事などの際は王宮のてっぺんの煙突から黒煙があがり、国民に危険を知らせる役割もあるらしいでの。
建国千五百年、現国王はラピリス十三世。
国民に理解のある、寛大な国王として崇められておる。
わしは国王を見たことはないがの。
進むにつれて石造りの建物が密集し、人通りも増えていくでな。
野菜や果物の露店が並び、活気あふれる都会の喧騒がそこにはあるで。
まるで柴又帝釈天の参道じゃな。
昔じいさんと参拝に行ったのが懐かしいもんじゃ。
草団子がうまかったでな。
わしらが団子を食っておるときに、「おいちゃん! おばちゃん!」と言って、団子屋の身内らしい男が長旅から帰ってきたのを覚えておるで。
おや?
『チャーハンあります』
『オムレツ専門店オムフワトロン』
『食堂サージャ』
う~む。
所々に店の看板が掲げられておるのう。
王都でもライバル店が出てきたのは仕方がないでな。
都会で立地条件がいいとはいえ、所詮は味勝負じゃ。
心配ないで。
しかし、『食堂サージャ』はやりすぎじゃろが……。
訴えたら勝訴するで……。
「とりあえず、宿に荷物を置いてからお昼にしましょうか。親子丼のある店で」
スレナの言う通りじゃな。
わしも腹が空いたで。
最後にさらっと自分の好みを押しつけるところはいただけんがの。
研修は明日からなので、今日は王都観光することになっておるでな。
「あ! あれ見て!」
「おっ! かっこいい!」
王宮の兵士二人が威風堂々と馬に乗って、わしらの乗る馬車の横を通りすぎて行ったわい。
ドーロンの安っぽい皮鎧とは違って、全身金ピカの鎧を身にまとっておるね。
位の高い兵士なんじゃろうか。
キリエは胸に手を組んで目で追いかけておるでな。
目からは、びよーんとハートマークが飛び出しておる。
いや、そんな感じじゃ。
「さあ、着いたよ。お疲れ様」
『ありがとうございましたー』
馬車の手綱を握るおじさんにちゃんとお礼を言って、わしらは宿屋に入るでな。
宿屋は二階建てで、各部屋ひとりずつ寝泊まりじゃ。
石造りのアパートみたいなもんじゃね。
二階が客室で、下に食堂や入浴施設、トイレがあるでな。
愛想のよさそうな、でっぷりとしたおばさんが快く迎えてくれたわい。
「さあ、お昼にしましょう」
「どのお店に入るんだいスレナ?」
「あそこよ」
スレナの指さす方向に『親子丼専門店ドンドンバリバリ』という看板が見えるね。
「親子丼ってどんな料理なの?」
「まあ、食べればわかるわよ」
キリエは親子丼を食べたことないんじゃな。
というか、キリエは食堂サーシャで食事したこともなかったでな。
キリエの成績は優秀じゃが、家庭は裕福ではないと聞く。
ザルド魔法学園の食堂以外では、外食などしたことがないのじゃろうね。
キリエの王都研修で、お小遣いを持たせたご両親もさぞ苦労したことじゃろう。
ガラガラ、ガッガッ――。
建てつけの悪い引き戸を引いて、わしらは店内に入ったで。
「へい、いらっしゃい!」
角刈りのすし屋の大将みたいなおじさんじゃね。
ほっぺには十字の傷跡があるわい。
「親子丼を四つおねがい」
「へい、親子丼四つ承りやした!」
昼時だというのに、店内には誰もおらんのが気になるのう……。
嫌な予感がするで……。
「ヘイ、お待ちしやした! ごゆっくりどうぞ!」
ふ~む。
見る限りは普通の親子丼に見えなくもないが、卵が固まりすぎじゃね。
味はどうかね。
ああ、これはだめじゃ。
味はしょっぱすぎるわ、米は芯まで火が通っておらんわで食べれたもんじゃないね。
おまけに鳥肉すら入っておらんわい。
「ちょっと! おじさん! なによこれ!」
「へい、なにか?」
「こんなものが親子丼のわけないでしょう!」
スレナが怒るのも無理ないね。
「うちの親子丼にケチつけるのかい、お嬢さん?」
「だ、だって……」
「スレナ……やめたほうがいいよ……」
店の主人はすごんできたわい。
ここはひとまず引き上げたほうがよさそうじゃね。
王都に着くそうそう、騒ぎになるのはまずいでな。
「わかったわよ……お金を払えばいいんでしょう……」
「へい、ありがとうございやす。お一人様五万リンカになりやす」
「五万リンカですって!」
スレナが驚くのも無理はないのう。
五万リンカといえば、五万円相当じゃ。
わしの店の親子丼ですら五百リンカじゃて。
わしらはまんまとボッタクリバーならぬボッタクリ親子丼専門店に入ってしまったようじゃね。
仕方がないのう……。
「ねえ、おじさん」
「なんだい? かわいいお嬢ちゃん」
「あたしがつくった親子丼を食べてみて、美味しいと思ったら許してくれる?」
「はーははは! 言うじゃねーかお嬢ちゃん。見たところ八歳かそこらのガキになにができるっていうんだい?」
ここでさらにけしかけるんじゃ。
「八歳の子供がつくる親子丼に負けたとあっちゃ店の評判ガタ落ちだよね」
「な、なにおう……」
まあ、元から評判はガタ落ちじゃろうけどな。
「俺はな、かの有名な食堂サーシャで修行を積んだんだぜ、驚いたかい?」
「へーそうなんだ」
嘘つくでないわ。
お前さんなんぞ客としても見たことないわい。
しかし逆に好都合じゃ。
こやつぼけつを掘りおったの。
「おじさんすごいね! じゃあ、なおさらあたしになんか負けられないよね!」
「あ、あたりまえだ……。よし、その勝負受けてやろうじゃねーか。厨房貸してやるからつくってきな」
スレナとダルロはわしの腕を知っておるでな。
無言でうなずき、拳を握っておるわい。
キリエはそんな騒動をよそに、くそまずい親子丼をもくもくと食べておる……。
どんだけ貧乏だったんじゃ、お主は……。
米を焚いてる間に、厨房に足りない食材や調味料をスレナに買ってきてもらって準備は整ったでの。
小一時間ほどで、親子丼は完成したわい。
ついでだから、みんなの分の親子丼もつくったでな。
「さあ、おじさん食べてみて」
「お、おう……」
おじさんはパクリと一口頬張ったでな。
「こ、これは……」
「これが本当の親子丼だよおじさん。これが本当の食堂サーシャの親子丼の味だよ」
「お、お嬢ちゃんは……」
「食堂サーシャの一人娘、あたしがサーシャだよ」
それからはおじさんはすごむことなく、もくもくと親子丼を完食しおったわい。
スレナにはもちろん大盛りをこしらえてやったでな。
ダルロはわしに親指を突き出して片目をつぶったで。
キリエは二杯めの親子丼に涙を流して感激し、口元を米粒だらけにして頬張っておるわい。
「俺だってこんなあこぎな商売はしたくなかったんだ……子供を食わせていくために仕方なかったんだ……」
おじさんはしくしくと泣きながら語りおった。
ステルピア学園をなんとかギリギリ卒業したおじさんだったのじゃが、王宮の兵士としては使い物になるレベルではなかったらしいで。
数年で王宮をクビになって、それからは職を転々としたがどれもうまくいかなかったそうじゃね。
嫁さんは子供を産むそうそう、流行病で死んでしまったんじゃと。
残された子供を、男でひとり育てるためには、あこぎな商売に走るしかなかったらしいの。
「おじさん、これ」
「なんだいこれは」
「親子丼のレシピ。この通り何度も何度も練習してみて」
わしは紙に書いたレシピをおじさんに渡したで。
まあ、親子丼は家庭料理みたいなもんじゃ。
レシピなんぞくれてやるわい。
「父ちゃん!」
「カリル! お前見てたのか……」
「父ちゃんならできるよ! ボクも手伝うから一緒に頑張ろうよ!」
奥の部屋から、おじさんの息子が見ておったようじゃね。
六歳にも満たない子供だというのに、痩せ細ってかわいそうじゃのう。
男の子とおじさんは抱き合って泣いておるわ。
責任感の強い子じゃ。
将来この店が繁盛することを願うで。
おじさんは、わしらから金を取ることはなかったでな。
何度も何度も感謝してお辞儀しておったで。
もちろんカリルという子供にも、わしは親子丼をつくってあげたでな。
「やっぱりサーシャちゃんの親子丼が一番よね」
「俺はオムレツが一番好きだなー」
「オムレツってなに?」
こうして、わしらの王都初日がスタートしたで。
そして店を出てからわしは、自分が昼飯を食べていないことを、腹を鳴らしながら思い出したのじゃった――。