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一話 おばあちゃんが異世界へ

 わしゃ、もう疲れたよ。

 義理の娘には「汚物ばばあ! 早くぽっくり逝っちまいな!」と罵られ、息子はそんな嫁の言いなりじゃ。

 いい歳こいた孫は働きもせず、わしのガマ口の財布から金をくすねていきよるでな。

 そんなわしゃ、足腰も弱くなって寝たきりの生活じゃ。

 オムツはかれこれ三日は交換してもらっていないじゃろう。

 八十九歳ともなれば物忘れも増えてきておる。

 ボケて認知症とやらになるのは目前かの。

 死んだじいさんの元へ早くいきたいもんじゃが、なんせ命を絶とうにも身動きがとれんのじゃ。

 死ぬ方法はないものかのう――。


 そんなことを考えていると、地鳴りのような轟音が聞こえてくるで。

 昨日からのどしゃぶりで、裏手の山が崩れかかってるのかもしれないのう。

 息子は仕事に出かけておるし、嫁は濃い化粧と香水の匂いをぷんぷんとさせて、女の顔でどこかに行きおったわい。

 浮気じゃろうて。

 孫はパチンコにでもいっておるのじゃろう。

 ああ、やはり山崩れじゃ。

 家が倒壊していきよる。

 土砂がどしゃ~と家になだれこんでくるわい。

 じいさん今そっちに逝くでな。

 待ってておくれ~な。

 わしゃ、こうして土砂に巻き込まれて死んだのじゃった。 



 ☆★☆★☆



 目が覚めるとなにやらふかふかの布団の上で寝かされておる。

 ここは天国かのう?

 身動きは取れんのじゃが、わしゃまだ生きておるのかのう。

 しかし土砂崩れに巻き込まれて死んだのは覚えておるのじゃが――。

 そこに誰かがわしを覗き込んでおる。

 これは外人さんじゃのう。

 こがね色の髪でえらいべっぴんさんじゃわい。

 その隣で、これまた外人さんの男性がにこやかにわしを見つめておる。

 息子とは違ってがっちりとした男らしい外人さんじゃ。

 わしを軽々と持ち上げて抱っこしとるわい。

 おかしいのう?

 わしゃ体が小さくなったのかのう。

 体の大きな外人さんとはいえ、赤子を抱くようにわしを胸に抱えておるわい。


「あなた、サーシャが不思議そうな顔で見つめてるわよ」

「ほ~ら、お父さんだぞ~」


 これはどういうことかのう。

 わしゃ、どうなってしまったのかのう。

 とりあえず眠くなってきたので寝るとするかね。

 目が覚めると極楽浄土であればよいのじゃが。

 

 何度も起きては寝るを繰り返すうちに、わかったのじゃが、どうやらわしは生まれ変わったらしいのじゃ。

 わしの名前はサーシャといって女の赤子じゃ。

 わしの母はタリルいう名で、二十代半ばといったところかのう。

 父はドーロンという青年で二十代後半といったところじゃ。

 どうして生前の記憶があるのか、わしにもわからんのじゃが、神様はわしに人生をやりなおせとでも申しておるのかのう。

 じいさん――。

 わしゃどうすればいいんじゃ。

 

 ハイハイもできるころになると、ここが普通の世界ではないとわかったのじゃが、これはどういうことかのう。

 母のタリルは台所のかまどで火をおこすときに、なにやら横文字言葉を唱えると手のひらから勢いよく炎が噴き出すのじゃ。

 火傷をする様子もないでのう。

 父のドーロンは毎朝、剣を携えて鎧をまといどこかに出かけて行くわい。

 戦でもしとるのかのう。


 四歳になるころにはわしゃ大体のことがわかってきたでの。

 ここは剣と魔法の世界じゃ。

 八十九歳の老齢で死んだわしじゃが、孫がまだ小さいときに、そんなテレビを見とったのを覚えておるわい。

 

「サーシャ、遠くに行ったらだめよ」


 タリルは外で洗濯物を干しておる。

 わしはそこらの草むらにどっこいしょと座ることにしようかね。

 辺鄙なところじゃ。

 わしの家は土壁の藁ぶきの小さな家で、裕福ではなさそうじゃのう。

 しかし昔のわしの生まれた家もこんなんじゃった。

 辺りは草原が広がって、遠くには山の稜線が連なっておる。

 なんといったかのう、アルピスだかアルプルスだったかいう外国の風景に似てるのう。

 寝たきりのわしの楽しみはテレビを見ることだけじゃったが、N○Kでよくこういう景色が流れておったわい。

 タリルは洗濯物の干し方がなっておらんのう。

 もっとパンッとはたいてシワを伸ばさんと乾いたときにシワシワになるじゃろうて。

 しかし、幼子は暇じゃのう。

 寝たきりよりましとはいえ、やることがないもんじゃ。

 タリルのあの魔法はどうやるのじゃろう。

 わしにもできるものかね。

 なんかむにゃむやと唱えておったが、なんと言っておったか。

 精なるなんとかなんとかのあとに「ファイア」と言っておったのう。

 わしでもファイアが火であることぐらいは知っておるで。

 ちょっとやってみるかね。


「ファイア」


 突き出した右手のひらから勢いよく炎が噴き出したわい。

 まるで火炎放射じゃのう。

 不思議と熱くないもんじゃ。

 わしの目の前の五メートルほどの雑草が真黒焦げになってもうた。


「サーシャ!」


 タリルが驚いて駆け寄ってくるで。

 叱られるのかのう。


「どこでそれを覚えたの! ファイアの上級魔法のファイガルよそれ!」


 なんのことだかわしにはよくわからんのう。


「ママなにそれ」


 一応、自分の娘の頭の中が本当は八十九歳の老婆だと知ったらかわいそうじゃろうて。

 わしは幼子を演じることにしておるのじゃ。


「魔法学校でも十五歳からわずかばかりのエリートがやっと習得できるかどうかの魔法よ!」

「そうなんだ」

「そうなんだじゃないわよ! 四歳になったばかりの女の子が勉強もしないでファイアの上級魔法なんてありえないわ!」

「だってママの見てたもん」


 毎日朝晩タリルはかまどで火をおこしておったので真似しただけなんじゃがのう。


「あたしのはファイアの最下級の魔法よ! これは大変だわ……」


 タリルは血相を変えて洗濯物をほったらかし、どこかに走っていったわい。

 仕方ない娘じゃ。

 いや母じゃったか。

 わしは洗濯物の残りを干そうと思ったのじゃが、なんせまだ四歳での。

 物干し竿まで手が届かんのじゃ。

 とりあえず、草地に広げて天日にでもさらしておけばすぐ乾くじゃろう。

 

 わしがせっせと洗濯物を広げておると、タリルが誰かを連れて戻ってきおったわい。

 あれは誰じゃろう。


「サーシャ! ザルド魔法学園のミッチル先生よ! さっきの見せてあげて!」

「タリルさん、冗談でしょう? 四歳児がファイガルなんて聞いたことがありませんよ」


 魔法学園とはなんのことじゃろう。

 ミッチル先生というこの男性はなにやら黒いマントをまとっておるの。

 右手には足腰が弱いのが杖を握っておるが、杖の先はくるんと丸まってて変な杖じゃ。

 少し額が後退してるところを見ると、四十代後半といったところかの。

 とりあえずやってみるかね。


「ファイア」


 今度は慣れたためか、さっきの倍ぐらいの炎が噴き出したわい。

 あやうくタリルとミッチル先生が火傷するところじゃった。

 あぶない、あぶない。

 

「な、なんだと……ファイガルのさらに上の上級魔法のファイナルじゃないか……」

「ミッチル先生どういうことです!」

「私でもファイナルを覚えたのは三十歳を過ぎてからですよ……」

「だってミッチル先生はザルド魔法学園はじまって以来の天才で首席で卒業されたではないですか!」

 

 タリルはなにをそんなに慌てておるのかのう。


「タリルさん、ファイナルの詠唱なしで、しかも最下級魔法のファイアの詠唱でこんなことをできる者を私は知りません」

「あたしの娘は、サーシャはどうして……」

「私にもわかりませんが、ひとつだけ言えることがあります」

「なんですかそれは!」

 

 ミッチル先生はわしを不思議そうに見下ろしておるのう。


「天才です。それも千二百年の歴史のあるザルド魔法学園はじまって以来の天才です」


 タリルは腰が抜けたようにフラフラと崩れ落ちて気を失ってしまったわい。

 大丈夫かね、この娘は。

 わしゃ心配になってくるで。

 ミッチル先生はタリルをベッドに寝かせると、大慌てでどこかに行きおったわ。

 若いもんは落ち着きがなくていかんのう。

 

 夕方になると父のドーロンが帰ってきたわい。

 タリルはまだ寝とるで。


「おかえりパパ」

「サーシャただいま」


 ドーロンはそう言ってわしに頬ずりしてくるが、ヒゲがチクチクと痛いのじゃがのう。

 

「ん? タリルはどうした?」

「ママは寝てるよ」

「そうか具合でも悪いのかな? 食事は用意してあるのかな」


 実はタリルが寝込んでおるで、わしが夕食をつくったのじゃがのう。

 この世界の食べ物は変わってはおるが、豆を発酵させた味噌のようなものがあったので、味噌仕立ての鍋をこしらえておいたで。

 いつもパンにそれを付けて食べておるらしいが、鍋でも食べて野菜をいっぱい取らないといけん。


「ん? なんだこの匂いは?」


 匂いにつられてドーロンはかまどに向かったで。


「鍋料理だよ」

「鍋料理? なんだいそれは? これタリルがつくったんじゃないのか?」

「うん、ママ疲れてそうだから、あたしがつくったんだよ」

「サーシャが料理だって? またまた冗談を言って~」


 ドーロンはそう言って、鍋を両手に持って食卓のテーブルの上に置いたわい。

 まあたんと食べておくれな。


「おいしそうな料理だな~、さあサーシャも食べようか。そのうちタリルも起きてくるだろう」


 ドーロンは鍋料理を小皿に取り分け食べはじめると「こんな美味いものは食べたことがない」と言ってぱくついておるわ。

 もっともっと食べんさい。

 大きくなれんよって。


 そこにタリルがおでこに手を当てて起きてきよった。


「あなた……大変なことが……」

「ん? なんだいタリル」

「え? それ誰がつくったの?」

「君じゃないのかい? まさか本当にサーシャが……」


 二人は茫然と子供用椅子に座るわしを見つめておるで。

 干し魚からだしを取って、イモに麦粉のようなものを混ぜて練った野菜たっぷりのすいとんのような物が、そんな珍しいのかのう。


「ママも食べて。おいしいよ」


 わしがそう言って笑顔で微笑むと、タリルは後頭部から後ろに卒倒してしまったわい。

 かろうじてドーロンがタリルを支えたが、大丈夫かいの、この子は。

 まあどうなることやら。


 じいさん、わしゃヘンテコなところにきちまったもんだよ。

 


 

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