8・忘れ物①
「あれ?」
ジンジャーの潤んだ瞳に、廊下の出窓に置かれた一冊の本が映った。
「……え、うそ。これ、絶版になっている、薬草学の本だぁ」
ジンジャーの目が輝く。
「本物が見たいなら、中央図書館に行かないと、ダメって聞いていたけど」
学校の図書館には、本を映像化した映像本しか置いていなかった。
それは本屋でも似たような状況で、紙を媒体にした本の取扱数は多いとは言えず、古いものとなると、映像本しかないのが現状だった。
勿論、紙でも映像でも本の内容は同じなわけだから、ジンジャーにとってこの本は「既に読んだ本」ではあったのだが、紙でできたこの本との対面は初めてなわけで。
ジンジャーは泣きそうになったことも忘れ、本をそっと手に取ると、そのままストンと廊下にしゃがみ込んだ。
手の平に感じる柔らかくなった紙の感触を楽しみながら、表紙を捲る。
すると。
ふわりと、古書特有の埃っぽい香りとともに、「拾った方は、下記住所まで」の文字が、飛び出してきた。 さらに文字でだけでなく、地図の映像も浮きあがり、持ち主の住所と思われる地点で赤く点滅し始めたのだ。
本には、所有の魔法がかかっていた。
所有の魔法は、魔法の中でも簡単なものだ。 魔法の種類を、時に「軽い」・「重い」と表現することがあるのだが、それで言えばこれは軽い魔法だ。
ジンジャーも小さなころ、着る服にその魔法がかけられたと聞いている。 ちょこまかと動き、年中迷子だったジンジャーへの、両親の苦肉の策だったというわけだ。
そこではじめて、ジンジャーは、はっとした。
魔法をかけるってことは、本人にとり大切なものだからだ。 その大切な本が、こんなところに置きっぱなしになっているのは変だ。
しかも、この本は既に絶版だ。 失ったからといって、そうやすやすと手に入れることはできないのだ。
……でも。
魔法がかけてあるからこそ、置きっぱなしにしても安心している、とか?
でも。
どうして、こんな窓辺に?