4・儀式
鈴の音を聞きながら、ジンジャーは自分の体がふわりと温かな空気で包まれるのを感じた。
そして、その温かさは、とてつもなく懐かしくもあった。 不思議だった。 こんな経験も、この温かさも、今日が初めてだというのに。 なのに、まるで、この時が来るのを、ジンジャーの体は待っていたような気がしたからだ。
―― 自分の中に眠っていた、なにかが……。
そこまで考えたところで、今度はピリッと、髪の一本一本に、電流が走ったような痛みを感じた。
チェスターが、水晶にかざし動かしていた手を止めた。 それを合図に、再びリオとミューズが、鈴を鳴らし始めた。
――リーン
――リーン
(体が、バラバラになりそう)
自分の中にありながらも、自分ではどうすることもできない力が湧きあがってきた。 ジンジャーは倒れないようにと、必死で足の指に力を入れるとその場に立ち続けた。
――リーン
――リーン
鈴の音に誘われるかのように、ジンジャーの側を涼やかな風が吹きぬけた。
「コチ・ウイザーズ」
チェスターの声が重々しく響く。
そして次の瞬間、ジンジャーの右隣りに一人目の魔法使いが現れた。 風の印の上に立ち、儀式の衣装を身に纏った銀髪の背の高い少年は、ジンジャーと目が合うと、切れ長の一重で親しみをこめた優しいほほ笑みを向けてきた。
(あぁ、コチだぁ)
同級生の、コチだった。
――リーン
――リーン
今度は、空気中の湿度がぐっと上がるのが分った。
水分を含んだ、重い空気。
「イフティ・ブラッド」
チェスターが名を呼ぶと、ジンジャーの前に描かれた水の印には、輝くばかりの金髪の少年が、自信満々の微笑でジンジャーを見つめて立っていた。
(うげげ。今度はイフティだ)
同じく同級生の男の子だった。 そして彼も同じように、儀式の衣装を着ていた。
儀式に現れたのが、二人とも同級生だったことに、ジンジャーはほっとした。 もし万が一、すごい人が来てしまったら、きっとそれだけで緊張は更に高まっただろうから。
――リーン
――リーン
鈴が鳴る。
(また、同級生の誰かかな)
ジンジャーは、土の属性を持つ友の顔を思い浮かべ出した。
(あぁ、グレイスかも。彼女は優秀だし。彼女なら、最高にいいのになぁ)
そう思ったとき、ジンジャーは、また部屋の空気が変化したことに気が付いた。
水を含んだ空気の重さはなくなり、かといって風も吹かず。 温度も湿度も何もない、「無」の空間がじわじわと広がっていくのを感じた。
そしてジンジャーは、全てを捨ててこの「無」の中に、身を投げてしまいたいと思ってしまった。
(だめ、だめ。そんな事をしたら。自分の属性を失ってしまう)
魔法なんて面倒くさい、魔法なんて戸惑うばかりと思っていたジンジャーだったのに、「自分の属性」だなんて気持ちが芽生えていたことにびっくりした。さらに、それを守ろうとする自分が、とても不思議だった。
(あぁ。私は、魔法使いなんだ。火の属性を持った……)
今初めて、ジンジャーはそのことを自覚させられた気がした。
「アレックス・ラウ」
チェスターの声が響く。
その声に、参列者からに声にならない気持ちの揺れが、ジンジャーの心にも伝わってきた。
『ラウ家』
多くの人の意識が、ジンジャーに流れてくる。 研ぎ澄まされた神経の中だからこそ、伝わってきたのだろう。しかし、それは非常に妙な気分だった。
ジンジャーが土の印のあった場所を見ると、そこには真黒な髪の少年が、同じように儀式の衣装を着て立っていた。
コチやイフティと違い、ジンジャーはこのアレックスという少年を見たことがなかった。 そして、コチとイフティと違い、アレックスはジンジャーの方を見なかった。
(誰だろう? この人は)
そんなジンジャーにはお構いなしに、三人揃った事を確認したコチが、右手をジンジャーに向って差し出した。 それに続き、イフティ、アレックスも同じように右手を出した。
その彼らの手の平には、日頃ジンジャーが「儀式で使うあれって、ただのビー玉でしょ」、と言っていた、ガラスの小さな玉がそれぞれ一つ載っていた。
コチは透き通ったガラスの玉、イフティは水色の線の入ったガラスの玉、そしてアレックスは全く透明感のない茶色のガラス玉を。
三人がジンジャーに向けて広げた手の平の上には、それがちょこんと載っていたのだ。
コチは、三人の手にガラス球が載っているのを確認すると、初めて口を開いた。
「火の属性を授かりしジンジャー・ペンよ。己の力をより高めるために、われらより祝福と力を譲り受けよ。私よりは、風を。イフティよりは、水。そしてアレックスよりは、土を」
コチがそう言い終わると、彼らの手の平に載ったガラス玉は、静かに宙に浮き三つ並んだ。 そしてそれらは一つの光となり、鋭い勢いを持ってジンジャーの額に中へと入っていった。
それとともに、三人の少年の姿は消え、そして、ジンジャーの意識も―― 真っ白になり、消えていった。