3・儀式のはじまり
ジンジャーは、ミューズによって用意された服に着替え、一階の広間に行った。すると、そこにはすでに多くの人が集まっていた。
みな、今夜の儀式を見るために、国中から集まって来たのだ。 勿論、あのジェッター大おばの顔もある。
ジンジャーは、自分の足が震え出すのがわかった。顔が引きつるのも。 今まで何度も他の人の儀式を見てきたジンジャーだが、見るのとやるのでは大違いだと思った。
ともかく、ジンジャーの人生において、こんなにも注目される出来事は、いまだかつてなかったわけで――。
「さぁ、ジンジャー」
ジョナサンは、彼の娘に手を差し出すと、そのままゆっくりと部屋の中央に向い、歩き出した。
一歩、また一歩。
父とともに歩くことで、ジンジャーの緊張もほんの少しだけほぐれる。
「ジンジャー。大丈夫だよ」
ジョナサンが、声をかける。
「……うん。わかってる」
言葉ではそう返しながらも、ジンジャーのその顔は、引きつったままだった。
広間の中央に広げられた敷物の上には、ジンジャーの属性である火の印の他に、風と水と土が描かれていた。
儀式では、水晶によって選ばれたそれぞれの属性を持った魔法使いがここに現れ、ジンジャーに祝福と力を与えることになっていた。
水晶を操るのは、母親のチェスターだ。 敷物のすぐ側に座した彼女は、目の前の大きな水晶の上に、手をかざしていた。
―― 一体誰が来るのか?
それは、水晶を扱うチェスターにも直前までわからないことで、呼ばれる本人達にもわからないことだった。
入浴中でも、食事中でも、睡眠中でも。―― 呼ばれたら、行く。
そういったものだった。
儀式に、人が多く集まるの理由の一つが、それだった。 場合によっては、とんでもなく高名な魔法使いが呼ばれることもあるため、儀式は儀式であると同時に娯楽でもあったのだ。
ジョナサンから手を離されたジンジャーは、自分の属性である火の印の上まで進むと、そこに静かに立った。
―― 怖い。
いや、怖いことなど何も起きるはずはないのだ。 そうわかっていても、怖かった。
「おしるし」が来たことで、多くの人から祝福を受けた。
「おしるし」が来るのは、悦ばしいことだと、みなは言った。
けれど、ジンジャーにとって「おしるし」は、戸惑いでしかなかった。 ジンジャーは、このまま魔法がない生活を、自分は送るのだと思っていた。 事実、16年近く、そうやって暮らしてきたのだから。
なのに「おしるし」が来たからといって、「今日からあなたは魔法使いなのだ」と言われても、「はい、そうですか」と気持ちを変えることができなかったのだ。
―― そんなに器用に、考えを変えるなんてできない。
そうしてみると、みなが当たり前のように、「おしるし」とそれに伴う変化を受け入れ、生活しているといったことが不思議にも思えた。
みなは、こうした変化に、疑問を感じないのだろうか。
リオとミューズが、硝子の鈴を鳴らし始めた。
―― リーン
―― リーン
儀式が、はじまる。