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魔法使いの心得  作者: 仲町鹿乃子
アレックス・ラウと学年戻しの件
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7・ハナつまみ者⑦

「あ、あああ! アレーックス!」 


 聞き覚えのある声と共に、アレックスは背中に衝撃を感じた。

「随分なことしてくれるじゃないのさ。ジンジャー・ペン」 

 首だけで振り返ると、ジンジャー・ペンは息を弾ませながら「ごめん」と謝ってきた。 彼女は、持っていた紙袋をアレックスに渡してきた。


「この間、借りていた襟巻。何度か、休み時間にアレックスの教室に行ったけど、なんかすれ違っていたみたいで」

「あぁ、はいはい。わざわざありがとう」

 休み時間は、なるべく教室にいないようにしているので、まぁ、そうだろう。

 すいっと紙袋を受け取ると、ほのかに甘い香りがした。

「うちのお母さんが作った焼き菓子も入れたから。あ、大丈夫よ。今朝、作ったやつだから」

 お母さんがね、と言うとジンジャーは笑った。

「もしかして、それって」

 もしかして、毎日こうして新しい菓子を袋に入れてきたの?

 そう訊こうとしたが、やめにした。 もしかして、でなく、絶対にそうなのだ。会えるかどうかもわからない、アレックスのために、毎日焼いた菓子を持って来たのだろう。このおせっかい娘は。


 ジンジャー・ペンは、アレックスなら、死んでもしないことを、やすやすとしてしまうのだ。


「あ、そうだ! あなたね、あれに魔法をかけていたでしょ! びっくりした、っていうか。あんなの、心臓に悪いでしょ」

 ジンジャーは、アレックスが襟巻にかけた魔法について文句を言っているのだ。

「すぐに帰れて良かっただろう」

 実際、日もどっぷりと暮れ、さすがに女の子一人で帰すのもなんだよなぁと、思ったのだ。かといって、自分がジンジャーの家まで送るのは、面倒だった。

 それに、あの時初めて魔法を使えたジンジャーは、普通じゃなかった。それを知りながら、長く歩かせるのはどうかと思う気持ちもあったのだ。


「すぐに戻れて、それは、まぁ、うん。良かった、というか。ありがと。って、なに私ってばお礼を言っているし」

 不覚だわ、とジンジャーがうめく。

「あっそ。ともかく、返すものは返してもらったから」

 もうこれ以上、ジンジャーと話すこともないと思ったアレックスは、すっとジンジャーから離れ――られなかった。

 ジンジャーが、アレックスの袖をぎゅっと掴んだのだ。

 柄にもなく、アレックスは固まった。けれど、彼よりもジンジャーのほうが何やら緊張しているようである。


「私。あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」

 アレックスの袖を掴みながらジンジャーは、顔を真っ赤にしている。 ジンジャーはそう言うと、浅い呼吸を何度か繰り返し、ぱっとアレックスの顔を見上げてきた。


「嘘をついていたの、私。その……魔法が、できるなんて」


 ジンジャーの瞳がうるうるしている。  アレックスは、まるで自分が彼女をいじめているような気がしてきた。


「魔法、できてなんか、なかったの。火なんて出せなかったの。でも、あなたのところに行ってから、できるようになったの。できないことが多いんだけど、つまり、少しはましになったというか」


 そういえば、ジンジャーはアレックスが知らないと思っているのだ。魔法が使えなかったことを。 そのことを言えば、少しは気が楽になるだろうかと、アレックスが口を開きかけた時。


「ありがと!」


 心から感謝しているのがわかるようなジンジャーの声と表情に、アレックスは言葉を失った。 

           

 ―― 挨拶は心の窓。君はいつもきちんとしてくるよねぇ。生憎と心はこもってないけどねぇ

 

 ありがとうは、挨拶ではないかもしれないけれど、アレックスの中では繋がった。 だから「ありがとう」でしょ、と言い直さずに、そのまま頷いた。

 











「こ、このぉ! くそ意地悪男!」

 教室にジンジャーの声が響く。

「ジンジャー・ペン。先生に向かってその言葉づかいは、ないんじゃないの?」

アレックスがふふんと鼻を鳴らす。 もはや恒例となってしまったその様子を、ため息をつきながら眺めるコッペル先生。

 ため息をつきながらも、コッペル先生は少しだけこの光景が嬉しかった。

 自分と過ごしていた時のジンジャーの委縮する姿は消えていたし、いつも一人でいることが多く、誰とも積極的に話そうとしないアレックスも、ここではどこにでもいる生徒の一人のような姿だったからだ。


 

 魔法は、心と体が健やかに育ってこそ磨かれ、輝く。

 多くの生徒を見る中で、行きつく答えはそこだと、痛感していたからだ。



 アレックスとジンジャーの背を、夕日が優しい光で照らしだした。


 祖母が大好きだったこの学校で、アレックスの学生生活も少し違った色をまとい始めたのだった。




(おしまい)

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