2・儀式前
儀式の前には、特別に汲まれた水を沸かしたものに薬草を入れて身を清めることが、習わしとなっていた。
「ジンジャー。お風呂の用意は、ぼくがしたんだよ」
そう言ったのは、弟のリオだった。 弟ながら優秀な彼は、風呂に入れる薬草の調合(属性によって異なっていた)といった、大役を果たしたというわけだ。 勿論、両親の監督のもとにだろうが。
「でも、ジンジャ―。ジンジャーが儀式で着るお洋服に、魔法をかけたのは、私よ」
そう言ったのは、妹のミューズだった。 儀式で使用する服には、親族の女性魔法使いにより、清めの魔法がかけられることになっていた。
リオとミューズは、10歳になる双子の兄妹だ。 彼らは、そろって7歳の誕生日に「おしるし」を受け、今ではこうして、姉の儀式の手伝いができるほどに、魔法使いとして成長していたのだ。
弟のリオは水の属性で、妹のミューズは風の属性だった。 父親のジョナサンは水の属性で(ジンジャーに「おしるし」が来て、火が上がった時にも、助けてくれたのは父だった)、母親のチェスターは風の属性だった。
つまり、兄弟の中でジンジャーだけが、両親と違う属性を持つことになったのだ。
「16歳で、『おしるし』が来たうえに……」
「15歳ですよ。ジェッターおばさま」
「あんなのは、15歳のうちになんか入りませんよ。しかも、両親と違う属性だなんて」
「皆無ってわけでは、ないでしょ?」
「よくあるってモンでも、ありませんよ」
ジンジャーに「おしるし」が来たと知るや、ジェッター大おばはいきなり家へとやって来た。ジェッター大おばは、ジンジャーに口先だけの祝福を述べた後、ジョナサンを応接間に引っ張りこむと、延々と話し始めたのだった。
二人のやりとりは、その時のものだ。お茶を運ぶ時に聞こえてしまったそれは、始まったばかりの慣れない補習で疲れるジンジャーの気分を落ち込ませるのに、十分なものだった。
―― 16歳で、『おしるし』が来たうえに……
―― 両親と違う属性だなんて
ジンジャーは香りのいい湯に、顔を半分沈めた。 赤みがかった黒く長い髪の毛が、湯の中でふわりと広がった。 そしてそのままずぶずぶと、もぐるように頭のてっぺんまでを、湯に沈めた。
ジンジャーは、丸まったやせっぽちな自分の体を、ぎゅっと抱きしめた。
(魔法なんて、いらないのに)
ぶはっと、湯から顔を出す。 長い髪の毛が、ぺたりと両側の頬にはりついた。
「何も持たないほうが、楽でよかったのに」
そうつぶやくジンジャーの声は、震えていた。
あの「おしるし」が来た寒い晩以来、ジンジャー・ペンの顔からは、笑顔が消えていたのだった。