1・ハナつまみ者
アレックスの物語です。
ジンジャーのお話より、少し前のあたりから始まります。
朝から、見慣れた同級生の男にからまれた。この男は、どういうわけか、アレックスを目の敵にして、なにかと絡んでくる暇人なのだ。
「おまえが祝福を授けた女の子だけどさぁ」
ニヤニヤ顔で話してくる同級生に、アレックスは無言を貫く。彼がなにを言ってこようが、興味はない。興味といえば、アレックスの今の一番の関心は、庭にあふれる落ち葉だった。
「ちょっと、おまえ! 聞いてんのかよ! アレックス・ラウ!」
こうして、フルネームで呼ばれる時は、ろくな目に合わないのは経験上よく知っていた。
「聞こえていたけど」
そして、どんな言葉を返してみたところで意味がないってことも、長年の経験でわかっていた。
アレックスは相手の顔を見ると、ため息をついた。 よくもまぁ、飽きもせずにからんでくるものだ。そのエネルギーは、ある意味羨ましいとも言える。
しかし、破裂しそうなほど膨らんだ鼻の穴は、いただけない。 自分のこの顔、鏡で見たらどう思うんだろう。 どう考えても、アホ面だな。 まぁ、アホなんだから、アホ面は当然か。 上っ面しか見ようとしない、アホ。
「おっ、あぁ? アホ? アホ面だと?」
アレックスの心の声は、どうやらそのまま漏れていたようだ。 相手が顔を真っ赤にして自分を殴りかかって来たところで、アレックスの記憶はふつりと切れた。
見えたのは、白い天井だ。
それで、ここが、この学校に来てから、もう何度となくお世話になった馴染みの場所であることがわかった。 アレックスは、ゆっくと体を起こした。
「よぉ、目が覚めたか」
白衣を着て、山羊のような白ひげのジョブル先生が、椅子をくるりと回すと、やれやれといった感じで声をかけてきた。
「おはよう、ございます」
「はい、おはようさん。挨拶は心の窓。君は、いつもきちんとしてくるよねぇ。心はこもってないけど」
先生が笑う。
「で、君は、なんだね。相変わらず、応戦はしないんだね」
先生は体の向きを机に戻すと、なにやら書き物を始めた。
「これ以上、学年が下がったらたまらないんで」
ただでさえ、一年遅れているのだ。 騒ぎを起こし、面倒なことにはなりたくない。 むしろ、どうにしかして、元の学年に戻れないかと、イライラしているというのに。
アレックスは、無意識に頬を撫でた。
「顔ね。痛いでしょ。あとは、腹ね。ちなみに彼は、反省室行きだよ」
「あぁ、そうですか」
正義は勝つ、なんて甘いことは思わないけど、その言葉で多少はすっきりとした。
「で、今朝はなんで喧嘩になったのかな」
「喧嘩になんかなってませんよ。なんでも、ぼくが祝福を授けた子について、彼はなにか言いたかったみたいですけどね」
好ましい内容ではないのは分かっている。どうせ、その子がラウ家から祝福を受けて迷惑に思っているとか、言い出したのだろう。 聞かないほうが、知らないほうがいいことは、世の中には多い。
「あぁ、ジンジャー・ペンのことだね」
そう言うと、ジョブル先生は再び椅子をアレックスに向けた。
―― ジンジャー・ペン。
確かに、そんな名前だった。
「あぁ、君は、知らないのか」
「知ってますよ、ジンジャー・ペンのことなら。儀式に参加したんですから」
儀式でしか、会っていないけど。
「いやいや、そういうことじゃなくて。ジンジャーが、今どうしているかってことだよ」
「どうしているか?」
どうするも、こうするも、おしるしが来て、儀式も済ませたのならもう魔法を使いだしていることだろう。
アレックスが首を捻ると、それに応えるように「実はなぁ。まだ、出せてないようなんだな。火が」と先生が言った。
「選択可能な100のお題」035.ハナつまみ者を使用しています。