16・火の魔法①
ジンジャーの目の前には、先程目にした落ち葉の山があった。
なんか、食べていく?と、アレックスに連れてこられた先が、ここだったのだ。
「ええと、これは?」
「この枯れ葉の中に、芋が仕込んであるんだ」
「あぁ、焼き芋にするのね」
それで? と、ジンジャーが首をかしげる。
「確か、火の属性だったよね。折角だから、火をつけてもらおうと思ってさ」
「あぁ、火を。えっ? まさか、私が?」
ジンジャーの問いに、アレックスが大きく頷いた。
ジンジャーは、冷汗が出た。
さっき、勢いで魔法が使えると言ってしまった手前、今更できないとは言うのは、ちょっとアレである。唸りながら落ち葉を睨んだ。 睨んだところで、火は出ない。
(あぁ、あの時、このお腹がならなければ!)
今更ながらに、自分のお腹が恨めしくなる。
(つまり、そうよね。やっぱりここは、悔しいけど、言いたくないけど。正直に「できない」と言ってしまうしか、ないわ)
不承不承ながらも、ジンジャーがそう思い始めた時。
「まさか、実は火が出せないなんてことは、ないよね」 と、アレックスが、悪魔のほほ笑みを浮かべて言ってきた。
「そんなことっ。あるわけないじゃない!」
よせばいいのにジンジャーは、ついまたうっかりそう啖呵を切り、せっかくの機会を逃してしまったのだった。
目の前には、落ち葉の山。 後ろには、悪魔のほほ笑みのアレックス そして、落ち葉とアレックスの間には、冷汗たらりのジンジャー。
ジンジャーは、親の敵を見る様な形相で、落ち葉の山を見つめていた。 できるとかできないじゃなくて、これはもう「やらねばならない」のだ。
ジンジャーは、覚悟を決めた。
「では、やります」
「どーぞ」
ジンジャーは大きく深呼吸をすると、今日やった補習を思い出した。
補習は「火が出たら直ちに水で消す魔法」がかけられた教室の中で、行われた。 対象物は、耐熱容器の上に乗せた新聞紙の切れ端だ。
「ジンジャー、想像するのですよ。この紙が燃える未来を思うのです」
コッペル先生は「実践魔法の基礎は想像だ」と、説明をした。 魔法をかけたことにより起こる現象を、想像すること。そうすることで、自分の中にある力の通る道を作ることになるのだと。
ジンジャーは、先生に言われたとおりに、何度も何度も心の中でそれを思った。 けれど、そう思ってみたところで、新聞紙は燃えもしなければ、焦げ臭くもならなかった。 火はつかなかったのだ。
目の前の枯葉を見る。 これが燃える。 炎となる。
(本当に燃えてくれるの? この枯葉が私の魔法で燃えるなんて、あるのかしら?)
ジンジャーには、枯葉が鉄の塊に見えた。
(燃えるわけない。 私にできるはずない)
先生がつきっきりで何日も補習をしているのに、できないのだ。
おしるしが来たって、儀式をしたって、魔法が使えなくては魔法使いとはいえない。 魔法が使えない魔法使いなんて、前代未聞だ。
嘆くジェッターおばさんの顔が浮かぶ。 そして、興味津々で儀式にやって来た人達の顔も。
「15歳でおしるしですって」
「しかも、両親とは違った属性だそうよ」
「とんだ、出来損ないね」
そんな、はっきりとした言葉。
(一族の誰に似たんだか)
(いっそ、魔法が授からなければよかったものの)
そんな、声にならない思い。
家族は気にするなと言ってくれるけれど、魔法が使えない劣等感は、日に日に募っていった。
自分が出来損ないなのは、わかっている。
人に言われなくても、わかっている。
あれは、あのおしるしは、何かの間違いだったんだって、思っている。
多分、何かのまぐれで、あの夜だけ火が上がってしまったんだ。
―― 全部、全部、わかっている。
欲しくなかった、魔法なんて。
できない自分を、知りたくなんてなかった。
できないのに、欲しくなんてなかった。
祝福なんかされても、いいことなんて一つもない。
魔法なんて、面倒くさい。
だってどうやったって、私にはできっこないんだから。