15・秘密と温室②
目の前にある、紫の花をつけるこの植物は、一般栽培を禁止されている紫野草だった。
「へぇ。それがなんだかわかるんだ」
アレックスの声に、ジンジャーは飛び上がるほど驚いた。
「一般栽培禁止の草だろ? でも、これを見てそうだとわかる人って少ないよ。ほんと、勉強してんだね」
アレックスは、小さな紫の花をポツリと摘んだ。
「『紫野草』俗名『死の草』。主に根の部分を乾燥し煎じ、気付け薬のお茶として飲用される。しかし取り扱いが難しく強い毒性を持つために、栽培は限られた機関のみで行なわれる。特に花の部分は毒性が強く、それを口にした瞬間に」
そう言うとアレックスは、指でつまんだ花を口に入れようとした。
「わっ! な、なにを!」
(この人、一体なにを考えているの!)
ジンジャーは、アレックスの腕めがけて手を伸ばした。
「わっ、ちょっと!」
アレックスの叫び声とともに、二人してそのまま温室の通路へと倒れてこんだ。 倒れる瞬間、目をつぶってしまったジンジャーは、その目をこわごわと開いた。
(死んでいたら、どうしよう)
しかしパチリと開いたジンジャーの瞳には、アレックスの真黒な瞳が飛び込んできた。
ジンジャーは、脱力した。
「すごい。胸よりも骨が当たった」
ジンジャーは顔を赤くしながら、アレックスの上から飛び退いた。
「だって、あなたがあの花を口にしようとしたから」
ジンジャーは、しどろもどろになりながらもそう答えた。
けれどそれは、ジンジャーがアレックスに覆いかぶさった理由にはなったけれど、胸と骨に関する説明には勿論なっていなかった。
「心配無用さ。この花は食べても大丈夫なんだから」
そう言うとアレックスは、寝そべったままでその花をポンと口に入れ飲み込んだ。
「うそ! やだやだ、だめだめ!」
ジンジャーは、再びアレックスの上に乗る。
「口! 開けて! お願い! 死んじゃう、死んじゃう!」
ジンジャーはアレックスの口をこじ開けようと、指をぎゅうぎゅうと中に入れた。
「ちょっと、落ち着けよ!」
アレックスが口を開いた。
「……生きてる」
ジンジャーは、アレックスの上に跨ったまま再び脱力した。 アレックスは、自分の体を起こした。 アレックスとジンジャーは、向き合っていた。
「これ、改良種だから。毒は、ないんだよ」
そう話すアレックスの唇からは、血が出ていた。 ジンジャーが、引っかいてしまったのだろう。
「血が出ているわ」
ジンジャーの言葉で、アレックスが唇をぺろりと舐めた。
「少し、ふざけ過ぎたな」
そう言うと、アレックスは笑った。
でも、ジンジャーは、笑えなかった。
ジンジャーは、のろのろとアレックスの上から体をどけた。 全く、ここに来てからは、何もかもがアレックスのペースだ。 完全に遊ばれている。 ちがう。
―― ばかにされている。
ジンジャーはそう思いながらも、ポケットからハンカチを出し、アレックスに差しだした。
「これ、きれいだから。口を押さえて」
アレックスは驚いた顔をしながらも、素直にそれを当てた。 その様子に少し安心して、気が緩んだジンジャーの耳に、再び自分のお腹の音が聞こえきた。
「あのさ。なんか、食べていく?」
今度はしっかりと、聞こえてしまったようだ。