14・秘密と温室①
「あの本が」
アレックスの声は、少し擦れていた。
「あの本が絶版だなんて、よく知っていたね」
「以前に、学校の図書館で、読んだことがあったから」
アレックスは、蹴った落ち葉をまた戻すように再び蹴った。
「薬草に、興味があるんだ」
「うん」
アレックスにより、右に左にと動かされた落ち葉は、蹴られるうちに最初にあった量よりもぐっと少なくなっていた。
「裏で」
「え? 裏?」
どこのだろうと思いジンジャーが聞くと、アレックスは「家の裏で」と、言い直した。
「薬草を育てているんだけど、見たい?」
「うん、見たい!」
ジンジャーの元気な返事にアレックスは頷くと、ついて来いとばかりに歩き出した。
カサカサと音を立てながら庭を歩くと、その一角に、うず高く積まれた枯れ枝や落ち葉があるのが見えた。
落ち葉炊きでもするのだろうか。
確かに、これだけの庭ならば、枯れ葉も多いだろう。楽しそうだ。
「こっち」
アレックスの声にジンジャーが頷くと――。
「うわっ、うそ」
立派な温室があった。
ジンジャーは、入り口に手をかけているアレックスに駆け寄った。 アレックスはジンジャーが側まで来たのを確認すると、その扉を開けた。 外気より、ほんの少しあたたかな空気が頬をかすめた。
「入っていいの?」
「好きなんでしょ、薬草の類が」
うわぁ、うわぁと心の中で叫びながら、ジンジャーはその温室に足を踏み入れた。
ここがどこで、自分は何をしに来たのかといったことも忘れるほど、ジンジャーは薬草を観ることに没頭した。
温室には、ジンジャーが家で育てているお茶に入れるような一般的な薬草から、学校の授業でしか扱わないような少し取り扱いの難しい薬草まで、多種多様のものが育てられていた。
質に拘らなければ、薬草の類は比較的育てやすいものが多い。 もともとは自生していたものなのだから。
「もしかして、ご両親はこれを生業となさっている、とか?」
手間暇かけて育てている意味は、そこなのだろうかと思えた。
「違うよ。これは、祖母の趣味」
「おばあさま」
ジンジャーの頭の中で、あの本と温室が繋がった。
「じゃ、本は」
「その通り」
薬草好きな、アレックスのおばあさまのものなのだ。
―― でも。
所有者の名前は、アレックスだった。
つまり、そういうことだ。
ということは、あの魔法は、アレックスのおばあさまがかけたということなのか。
そんな、あれこれを聞いてみたいといった思いはあったものの、温室の中でこうして二人でいると、気が引けた。 それに、アレックスがジンジャーをここに連れてきたのが、全ての答えのようにも思えた。
アレックスは、一枚の葉をちぎると、ジンジャーへと渡してきた。
受け取ったジンジャーは、それを指先で、きゅっと擦った。
「いい香り」
すっきりとした香りのそれは、胃もたれをした時にお茶に入れて飲むと、効果があるものだった。
ところが。
―― きゅるる。
お腹がなった。
もしや、アレックスに今の音を聞かれてしまっただろうかと様子を伺ってみたが、どうやら気付かれずにすんだようだ。
胃もたれどころか、そろそろお腹が空いてきたジンジャー。
―― 夕飯はなんだろう。
そんな考えが、うず巻く。しかし、家に帰りつくのは当分先である。そう思うと、ますますお腹は空いてきて。
ジンジャーは、気持ちを紛らすように、受け取った葉をくるくると回した。
とその時。
ふと、視界に入った薬草に、違和感を感じた。 まさか、そんなはずはないと、目をこする。
目に映ったのは、小さな紫色の花。
『ラウ家は危険』
ジンジャーの頭に、イフティとの今朝のやり取りが浮かんだ。