11・本を届けに②
「こんばんは」
アレックスは、別段驚くでもなくそう返してきた。
ジンジャーがアレックスに会ったのは、儀式の時だけだ。 あの時は、儀式服を着ていたせいか随分と落ちついているように見えた彼だったが、改めて見ると、どこにでもいる同年代の男の子にしかみえなかった。
そのことにジンジャーは安心しつつ、だからこそ余計にアレックスを含むラウ家を取り巻く噂と、本人とのギャップを強く感じた。
(ほんと、普通の男の子だし)
超然とした雰囲気なら、コチのほうがうんとある。
「本、ありがとう」
アレックスはジンジャーに近づきお礼を言うと、右手をにゅっと差しだしてきた。
「……ほん?」
「本」
ぼんやりとしたジンジャーの様子にアレックスはため息をつく。
「届けに来てくれたんでしょ。薬草学の本を」
「あ、そう! 本ね、本、本」
たしかに、ジンジャーは、本を返しに来た。けれど、突然、家から出れきて「本、ありがとう」なんて、なんだか。なんだかよ。まぁ、それに反応できない自分が、悪いと言えば、そうかもしれないけど。ジンジャーは、鞄の中から慎重に本を取りだした。 これをアレックスに渡せば、任務完了だ。
アレックスにも会ったし、家の様子も見た。やろうと思ったことはすべて終了。ジンジャーは、アレックスに本を返そうと腕を伸ばし――引っ込めた。
ジンジャーは、むんと口を真一文字に結んだ。
大切なことを忘れていた!
ジンジャーが本を胸の前に引き寄せると、アレックスは、怪訝そうな顔をした。
「あなたね、ちょっと、何を考えているわけ?」
アレックスの眉間に、皺が寄る。
「あんなところに、本を置きっぱなしで」
本が置いてあったのは、補習で遅くなった自分しか通らない廊下の出窓だった。
夕日が当たっていたから気がついたものの、もう少し暮れていたら、ジンジャーだって気がつかないところだった。
「大切なものなんでしょ、これ」
所有の魔法をかけるってことは、そういうことだろう。
「絶版なのに」
自分だったら、絶対にそんなことはしない。
「へぇ。もしかして、お説教?」
はん、とアレックスが鼻を鳴らす。
「お説教じゃないわよ」
「じゃ、おせっかい」
「うっ。それは、よく言われる」
図星をさされめげるが、それでも、言わなくちゃいけないことがあるのだ。
「あのね! 言っておくけど! あなたのためなんかじゃないんだからっ。本が、あんなところに置かれていたら可哀そうだって。忘れられたみたいに、ぽつんとあって。それに、近頃は夜になると冷えるし。だから、持ち主のところに、この本だって帰りたいだろうって――」
「あのさ。そういった考えがそもそも余計なんだよ、おせっかいなんだよ」
ジンジャーの言葉にかぶせる様に、アレックスが言い放つ。
(な、なによ、なによ!)
「まぁ、とにかく。わざわざ、あ・り・が・と・う」
アレックスはそう言うと、さぁ返せとばかりに手を伸ばしてきた。
本はアレックスのものだし、ジンジャーはそれを届けにきたわけだし、だからここで本を返すのは当然のことなんだけど。
「返したくない」本をぎゅっと抱きしめる。
その姿を見て、アレックスはため息をついた。