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真実の愛が気になって、婚約破棄とかどうでもいい

作者: Vou
掲載日:2026/08/29

「エレノア、俺は真実の愛を見つけてしまった」


 王宮に呼び出された私に、王太子ディートリヒ・ローゼンハルト殿下が真剣な顔で仰った。

 私はその「真実の愛」という言葉に何かとても惹かれた。そんな素敵なものを見つけてしまったディートリヒ殿下が、とても素敵な男性になったように思えた。


「だから、おまえとは婚約を破棄させてもらおう」


 ディートリヒ殿下がそう仰った。

 けれど、私は状況があまり飲み込めなかった。


「真実の愛を見つけた、と仰いましたよね?」


「ああ、そうだ」


「それなのに、婚約を破棄されるのですか?」


 ディートリヒ殿下が怪訝な顔をした。

 私も負けじと怪訝な顔を返した。


「ああ、なるほど。俺の説明が不足していたな。すまない、エレノア。真実の愛はおまえとの間に見つけたのではない。マリア・エーベルハルトという伯爵令嬢に真実の愛を見つけたのだ。だからおまえとは一緒になれない」


「それなら納得です」


 うん、理屈が通った。すっきりした。


「そうか、物分かりのいい女でよかった」


 ディートリヒ殿下は安堵したようだった。


 ただ、婚約破棄はいいのだけれど、「真実の愛」のほうにはとても興味がある。


「ところで、『真実の愛』とはどういったものなのでしょうか?」


「何? そんなものもわからんのか?」


 ディートリヒ殿下が驚いた顔をした。


「はい、そういったものは経験したことがございませんので」


 私がそう答えると、ディートリヒ殿下は、少し考え込んでから口を開いた。


「そうだな。それは無償の愛というべきか……相手から何の見返りも求めず、ただ相手のために尽くしたい、と思うような愛だ」


「なるほど。それから?」


「それから?」


「『真実の愛』というほどのものがそれだけのはずはないですよね?」


「なるほど。エレノア、おまえはまだ納得いっていないということか」


「はい、それだけでは納得いきません」


「そうか。そうだな……。『真実の愛』はこの上なく美しいものだ。相手がとても美しい存在に感じられ、この世界まで美しいものに変貌したかのように感じられる。二人にどんな苦難があろうとも、そんな苦難さえ二人の愛を美しく輝かせるのだ。

 『真実の愛』のためなら、地位も名誉も財産も何もかも捨てられる、そう思えるほど、とても崇高なものなのだ」


「なるほど。それから?」


「それから? 何だ、エレノア。おまえ、やはりまだ婚約破棄が認められんのか? 今、言ったように、『真実の愛』のためなら、どんな妨害を受けようと、俺は乗り越えるぞ。おまえの公爵家にもしっかり説明しよう」


「いえ、婚約破棄などどうでもいいのです。『真実の愛』なるものがどのようなものなのか、とにかく知りたいだけです」


「婚約破棄がどうでもいいだと? 俺のほうこそ、婚約破棄さえ成立すれば、おまえにもう用はないのだ」


 そう言い捨てて、ディートリヒ殿下が去ろうとする。


「えっ。殿下、お待ちください」


「知るか」


 ディートリヒ殿下は、私のもとを去ってしまった。

 真実の愛がとても素敵なものだと仄めかしながら、どのようなものか、きちんとお示しもせずに。

 ……まだ聞きたいことがたくさんあったのに。


   ※


 納得がいかない私は、ディートリヒ殿下とマリア嬢を観察することにした。

 殿下がお話ししてくださらなくとも、実物を見れば、「真実の愛」が何なのか、きっとわかるはずだ。


 おそらくディートリヒ殿下は、マリア嬢を王宮に呼んでいるはずだ。私との話を終えた後に会うことができるように。

 私はつい先ほどまで婚約者だったのだ。殿下が次に何をするかくらいは予想できる。


 そういうわけで私は王宮に留まり、王宮の庭園をぶらぶらしながら、そのときを待った。

 すると、別の貴族令嬢も庭園を散歩しているようだった。

 どこかで見たことのある顔のような……。


「あ、エレノア様……」


 相手から声をかけてきた。やはり私の名を知っているようだ。


「あなた……」


 私は思い出せない。というか、たぶん名前を知らない。


「マリア・エーベルハルトと申します」


「ああ、マリア……」


 うん? マリア……。


「ああ、あなたが……」


 そう私が言うと、マリア嬢が怯えた表情になった。


「もしや、ディートリヒ殿下からすでに……?」


「ええ、聞いたわ。『真実の愛』でしょう?」


「大変申し訳ございません」


 マリア嬢は深く頭を下げた。


「はて? なぜ謝るのです?」


「えっ……だって……エレノア様の婚約者を奪ったのですよ」


「ああ……。そういう風に考えるのね……。でも気にしなくていいわ。奪われたなんてこれっぽっちも思っていないわよ。第一、人が人のものだなんてありえないじゃない。ディートリヒ殿下は誰のものでもなくて、収まるべきところに収まっただけ。だって『真実の愛』を見つけたのに、それがあるところに行かないほうがおかしいでしょう?」


「はあ……」


「ちょうどよかったわ。私、『真実の愛』にすごく興味があるの。それがどんなものか教えてくれない? ねえ、お願い」


 私がそうお願いすると、マリア嬢は何か恐ろしいものでも見るように私を見た。


「し、知りません。……私、これから殿下とお約束があるので、失礼いたします」


 そう言って、マリア嬢は早足で庭園を去っていった。


 しかし、やはり殿下とこれからお会いするのだわ。

 これは好都合だ。

 あとを追えば、お二人の「真実の愛」を、この目で観察できるじゃないの。


   ※


「マリア、よく来てくれたな。一刻も早く会いたかったぞ」


 マリア嬢の姿を見るなり、ディートリヒ殿下は喜びに溢れたお顔を見せた。


「ああ……ディートリヒ殿下……。私もです」


 マリア嬢もディートリヒ殿下に微笑み返していた。


「先ほど、エレノアとの婚約は破棄した。これで、おまえに婚約を申し込むことができる」


 それを聞いたマリア嬢の顔が、ぱっと明るくなった。


「まあ……。まるで夢のようですわ。私、王太子妃になるのね。……先ほどお庭でエレノア様にお会いしまして……何だか様子がおかしくて怖かったです」


「何? まだ王宮をうろついていたのか……。あっさり婚約破棄を受け入れた様子ではあったのだが、まだ未練でもあるのか」


「そうなのでしょうか……」


 すぐそこの大柱の後ろに、私はまだおりますよ。

 未練があるのは婚約ではなくて、「真実の愛」のほうです。

 さあ、見せてちょうだい。


「あの……殿下。実はひとつお話ししたいことがございまして……」


「何だ? 何でも言ってみろ」


「婚約は大変ありがたいのですが……実は、エーベルハルト伯爵家が事業に失敗して、大きな借金を抱えてしまっておりまして……それでも婚約をしていただけますか?」


「あたりまえだ。結婚すれば、おまえも借金まみれの伯爵家から抜けられる」


「できれば……王家から、伯爵家に支援をお願いしたいのですが……」


「王家は伯爵家に何の恩義もない。それは無理だな」


 えっ? 愛しているのなら、相手の望みを叶えてあげたいと思わないの……?


「ですが……」


「マリア、俺たちは『真実の愛』で結ばれているのだ。金銭や地位などの見返りを求める必要などないはずだ」


 ……そうか!


 愛している相手から、何も与えてもらおうとしない。それが無償の愛なのね。ということは、相手が困っていようと、むやみに何かを与えてしまってはいけないのだ。だって、「無償」ではなくなってしまうのだもの。

 

 これはとても興味深いわ。

 もっと見せてちょうだい。


   ※


 それからお二人は、国王ハインリヒ陛下に謁見に向かった。

 謁見の間では、侵入してお話しを伺うのは難しそうだと思いながら後をつけていくと、外出しようとしていた陛下にたまたま遭遇したので、私はすかさず近くの柱に寄って身を隠した。


「父上、ちょうどよかった。お話ししたいことがありまして」


「何だ、ディートリヒ。急いでいるのだ。手短にせよ」


 ハインリヒ陛下は不機嫌そうに答える。


「はい、ご報告だけなので、すぐに済みます」


 そう言って、ディートリヒ殿下はマリア嬢に向けて微笑んで、またハインリヒ陛下に顔を向けた。


「先ほど、エレノア・アルテンブルクとの婚約を破棄いたしました。そこで、このマリア・エーベルハルトとの婚約をお認めいただきたいのです。『真実の愛』を見つけたのです」


「何?」


 ハインリヒ陛下はマリア嬢には目もくれず、不機嫌そうに顔をしかめた。

 ディートリヒ殿下もそのことにすぐに気づき、狼狽えている様子だ。


「何か……お気に召しませんでしたでしょうか?」


「エーベルハルト伯爵家は借金まみれだと聞いたぞ。領地運営もままならん状況だと聞く。そんな家よりも、はるかに大きく富も力も持つ、アルテンブルク公爵家との縁談を優先すべきことくらいわからんのか?」


「しかし、私は『真実の愛』を……」


「国王に愛などいらん。どうしてもというなら、好きにするがいいが、王太子の地位を捨てるくらいの覚悟はあるのであろうな?」


「えっ……」


「よく考えろ。幸いおまえには弟の第二王子ルートヴィヒがいる。王家のことは心配するな」


 そう言い残して、ハインリヒ陛下は外出された。


 ディートリヒ殿下とマリア嬢は呆然とその後を見守っていた。


 私は……あまりの感動に、胸が震えていた。


 王家がよほど愚かでない限りは、落ち目のエーベルハルト伯爵家などより、富裕なアルテンブルク公爵家を選ぶのは当然だ。王家の婚姻とはそういうものなのだから。

 しかし、それでも、いえ、だからこそ、ディートリヒ殿下はエーベルハルト家を選ぼうとしているのだ。

 あえて、地位を捨てなければならないほどの苦難に立ち向かい、二人が苦境の中で、さらに美しく輝くためなのだ。これが有言実行と言わず、何と言うべきか。


「マリア……もし俺が王太子でなくなっても、俺をエーベルハルト伯爵家に迎えてくれるか?」


 ディートリヒ殿下がマリア嬢に引き攣った笑顔を向けた。


「……」


 マリア嬢は黙り込んでしまった。

 苦境の美しさを噛み締めているのだろうか。


「俺が王太子でなくなっても、『真実の愛』は変わらないよな? エーベルハルト伯爵家に迎えてくれるよな?」


「……それは……それはちょっと……」

 

 マリア嬢も、先ほどのハインリヒ陛下と同じように冷ややかな表情だった。


「おお」と小さく声を上げてしまった。

 さすがマリア嬢もわかっている。

 無償の愛で、ディートリヒ殿下の要求を突っぱねた……。


「心配するな、マリア。きっとお父上はわかってくださる」


 何だかディートリヒ殿下は必死のようね。

 大丈夫よ。マリア嬢もわかっているのだから。


「ですが……殿下が……王太子でなくなってしまったら……」


「苦難があるからこそ、『真実の愛』は美しく輝くのではないか!」

 

 ディートリヒ殿下のその言葉に、私は思わず気絶しそうになるほど胸を打たれた。

 あまりの感動に涙が溢れた。


 ああ、いいものを見せてもらった。


 帰ろ。


   ※


 ディートリヒ殿下との婚約を破棄してから数日後のことだった。

 アルテンブルク公爵家の私のところにお客様がいらした。

 

「ああ、エレノア」


 満面の笑顔を見せたその人は、「真実の愛」の伝道師、ディートリヒ殿下その人だった。


「あら、殿下。ようこそいらっしゃいました」


「エレノア、こんな俺を喜んで迎え入れてくれるとは……」


「それはそうですよ。殿下は私に『真実の愛』の真髄を見せてくださったのだもの」


「ああ……そのことは申し訳なかった」


 申し訳ない? 何を仰っているのかしら。

 

「なぜ謝られるのです? 殿下は私に素晴らしいことを教えてくださったのですよ。むしろ私はお礼を言いたいほどです」


「いや、その……婚約を破棄したことを恨んでいないのか?」


「ですから、婚約破棄なんかより、もっとずっと価値のあるものをお見せくださったことに感謝しているのではありませんか」


 殿下に私の想いがなかなか伝わらないことがもどかしかった。


「そうか。実はな、マリアとは婚約しなかった……いや、できなかった」


「えっ……」


 それは私には衝撃だった。

 あそこまで「真実の愛」を徹底して実践されていたお二人が婚約できなかったということが理解できなかった。


「何があったのか、お伺いしてもよいですか?」


「ああ。『真実の愛』のために、俺は王太子の地位を投げ打ってでも、マリアと結婚したいと思ったのだが、マリアがどうしても受け入れてくれなくてな。結局、俺のもとを去ってしまった」


「嘘……」


 そんな……「真実の愛」が、終わってしまうことなんてあるの……?


 いえ、違うわ。きっと「真実の愛」をさらに美しく輝かせるために、離別することで究極の苦境を実現した……。そういうことですね、マリア嬢。

 

「そういうわけでな……やはり俺はおまえと婚約しなければならないようだ……。そうでなければ、俺は王太子の地位を失いかねない状況まで追い込まれたのだ。よかったな……。おまえは王太子妃になれるぞ」


 その言葉に私はまた耳を疑った。

 私が、また殿下と……? いえ、「真実の愛」に参加させていただけるというの?


「嬉しいです。ディートリヒ殿下……」

 

 私の胸はこれ以上ないくらい高鳴った。


「そうか。嬉しいか。そうだろうな。まあ、俺もおまえで手を打つしかない」


「私を選んでくださって、本当にありがとうございます」


「そうか、では婚約破棄はなかったことにして、また婚約してくれるのだな?」


「喜んでお断りいたします」


 やった。私もこれで参加できたのだ。

 私が婚約を受けてしまえば、殿下から王太子の地位を失う機会を奪ってしまう。それでは、無償の愛に反した行いになってしまうだろう。

 それに、私が殿下を助けなければ、殿下はさらに苦境に陥るだろう。より大きな苦難の中で、殿下の愛がより美しく輝くのだ。

 そして、最後に殿下は地位も名誉も財産も失って、崇高な愛を達成する。この「真実の愛」を実現する機会を、私はいただけたのだ。

 

 これで殿下がすべてを失って「真実の愛」が完成するのだわ。


「うん? 『断る』と言ったのか? 聞き間違いか?」


 殿下が私に尋ねる。

 きっと何度もこの瞬間を味わいたいのですわ。お気持ちはよくわかります。何度でも答えて差し上げるわ。


「いえ、聞き間違いであるはずがないではありませんか。私は殿下とは絶対に婚約いたしません」


 私はこの喜びの瞬間に、笑顔を隠すことなどできなかった。


「ありがとうございました。本当に感動いたしました」


「えっ? えっ?」


「もう大丈夫です。じゅうぶん以上、堪能させていただきました。お帰りいただいてけっこうです、殿下。『真実の愛』の完成、本当におめでとうございます」


   ※


 その後、ディートリヒ殿下は王位継承権を失い、弟のルートヴィヒ殿下が正式に王太子になったと聞いた。

 マリア嬢もディートリヒ殿下のもとには戻らなかったそうだ。


 地位も名誉も財産も、ついにはお相手まで失って……。本当にすべてをお捨てになったのね。


 これで「真実の愛」の完成ね。

 


 ああ、楽しかった。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白かった」と思っていただけたら、

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のいずれか一つでもいただけると、めちゃくちゃ励みになります。


改めて、ありがとうございました!

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エレノアお嬢様が楽しかったとの事で何によりです♪ 私も楽しかったです。
色々失ったり捨ててはいるけど「それでも相手への愛を選んで貫く」って一番重要な条件を一切満たせてない。 令嬢は金目当てだし、王子は普通に復縁求めてきてるしで早々に鍍金が剥がれてる。 浮気者達の末路は見届…
読み返してみると確かにバカ王子は全部言ってますね。
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