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第5話

「今日はどこに行くのかな? ルンルン」


リリは、浮遊島アリウスの広場で足を軽く弾ませていた。


もう、あの野球選手たちに会いたいとは思わなかった。


——ナインスターズは、もう大丈夫。


あの人たちは、自分たちの力で前に進める。


リリの魔法がなくても、きっと勝てる。


それが、少し誇らしかった。


やがて、音もなく空気を揺らしながら、白いバスが降りてきた。


いつものように、誰もいないはずの車内。


リリは迷いなく乗り込んだ。


……そのときだった。


背中に、視線を感じた。


「やあ。君は魔法使いかな?」


声がした。


リリは思わず振り返った。


そこには、見知らぬ青年が座っていた。


年齢はよく分からない。


地球人と変わらない服装だが、その目だけが妙に澄んでいる。


「は、はい。あなたは?」


「僕のことを知らないんだ」


青年は楽しそうに微笑んだ。


「魔導師フィン。よろしくな」


——魔導師。


初めて聞く肩書きに、リリは少し背筋を伸ばした。


(ここは、いつものを言わなくちゃ)


「はーい。私は魔法使い——」


「リリ、だろ?」


フィンは、あっさりと言葉を遮った。


リリは、きょとんとした。


いつもの挨拶を途中で止められたのは、初めてだった。


胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。


……でも、文句は言わなかった。


「ごめんごめん」


フィンは肩をすくめた。


「僕は、だいたい何でも知ってるんだ。


君が野球仲間と遊んでたこともね」


「……遊んでません」


リリは、きっぱりと言った。


「まあ、いいさ」


フィンは軽く流す。


リリは改めて、彼の姿を見た。


人間の町に溶け込むような、ごく普通の服装。


「魔導師って、そんな格好なの?」


「違うに決まってるだろ」


フィンはくすっと笑った。


「人間に合わせてるだけさ。


それより、リリ。君のその服……目立ちすぎる」


「え?」


次の瞬間だった。


ふわり、と風が揺れた。


気づいたときには、リリの服装は、今どきの女の子のものに変わっていた。


「……!」


「ほら。これなら、人間の町でも自然だ」


「あー! なんでそんな勝手なことするんですか!」


リリは思わず声を上げた。


「校長先生に言いますよ!」


「卒業したなら、もう関係ないだろ?」


フィンは平然としている。


「俺はさ、あの卒業式が面倒で出なかったんだ。


だから正確には、卒業してないけど……まあ、普通にやってる」


「……卒業式?」


リリは心の中で呟いた。


(卒業式……あったっけ?)


考えたが、思い出せなかった。


——まあ、いいか。


でも、卒業していない魔導師。


それは、あまり仲良くしない方がいい気がした。


やがて、バスは日本のある町に降り立った。


ドアが開く。


降り際、フィンは振り返って言った。


「作ってほしい魔法があったら、いつでも言いな。


だいたいのものは、作れるから」


そう言って、彼は反対方向へ歩いていった。


リリは、しばらくその背中を見送ってから、歩き出した。


通りかかった店のショーウィンドウに、自分の姿が映る。


——悪くない。


少し、人間っぽい。


「ふふふ」


小さく笑って、リリは魔法手帳を胸に抱いた。


また、新しい一日が始まる。


この町がどこなのか、リリには分からなかった。


 けれど――都会だ。それだけは、はっきりしている。


 果てしなく続く大きな道路。絶え間なく流れる車の列。


 信号機の灯りが、規則正しく色を変えている。


 赤は止まれ。


 青は進め。


 黄色は……やめとけ、かな?


「ふふっ」


 思わず、笑みがこぼれた。


 少しずつ、人間の世界の決まりが分かってきたことが、嬉しかった。


 ――でも。


(今回、私は……何をすればいいんだろう)


 あの野球チームの人たちとは、たくさん話した。


 笑って、走って、応援して。


 でも、それ以外の人間とは、ほとんど言葉を交わしていない。


(もっと、いろんな人と話したいな)


 そんなことを考えながら、リリは大通りの長い信号を待っていた。


 次の瞬間だった。


 ――キキィッ!!


 耳を裂くようなブレーキ音。


 反射的に横を振り向いたリリの視界に、信じられない光景が飛び込んできた。


 青信号を渡る人の列に、一台の車が突っ込んでくる。


 ――引かれる。


 ――死んじゃう。


 考えるより早く、リリは叫んでいた。


「あの人を救って!」


 力が、弾けた。


 引かれそうになっていた女性の身体が、ふっと不自然に横へずれる。


 まるで、見えない手に抱えられたかのように。


「……っ」


 車はすれすれで通り過ぎ、女性はその場に崩れ落ちた。


 ――よかった。


 胸をなで下ろした、その直後。


「蓮! 蓮! れん――!」


 悲鳴のような声。


「……え?」


 女性の後ろに、ひとりの小さな子供が横たわっていた。


 五、六歳ほどの男の子。


 人々が慌てて駆け寄る。


 リリも走り出し――そして、愕然とした。


 助けたのは、母親だった。


 その後ろに、子供がいたことに、気づかなかった。


 母親は必死で子供を抱きかかえ、泣きながら呼び続けていた。


「蓮……蓮……


 私を押して助けてくれたのね?


 私が……私が代わってあげられたらよかった……」


 その声は、震えていた。


 涙が、止めどなく溢れていた。


「蓮……大丈夫。すぐ救急車が来るから……」


 遠くから、サイレンの音が近づいてくる。


 周囲の人たちも、言葉を失っていた。


「……助かるといいね」


「かわいそうに……」


「お母さんも……」


 やがて救急車が到着し、母親と子供を乗せて走り去っていった。


 その場に残されたリリは、ただ立ち尽くしていた。

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