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第4話

「そういえば校長先生、“それは卒業のときに説明する”って言ってたけど……聞いてないよ」


 卒業したのに聞いていない。


 それって、どういうこと?


 ぶつぶつと文句を言いながらも、リリは肩をすくめた。


「ま、いっか」


 そのときだった。


 山の麓の道を、一台のバスがこちらへ向かってくる。


 ブレーキの音がして、少し先で止まった。


 ドアが開き、誰かが飛び降りる。


 そして——道を外れ、この細い道を全力で走ってくる人影。


「おーい! リリじゃないか!」


「……え?」


 次々とバスから人が降り、手を振りながらこちらへ向かってくる。


「あれ……見覚えが……」


 その瞬間、リリの中で何かがはじけた。


「あっ!」


 ナインスターズのメンバーだった。


「リリ! 本当にリリだよな!」


 息を切らしながら、口々に話しかけてくる。


「まさか、こんな田舎まで応援に来てくれたのか?」


「どうやって来たんだ?」


「誰が連絡取ったんだ?」


 質問が矢継ぎ早に飛んでくる。


「応援……?」


 リリが首を傾げていると、誰かが笑って言った。


「ありがとうな。これで百人力だ。勝利の魔法使いが来てくれたんだから」


「今日は強い相手なんだ。頼むぜ!」


 笑い声が弾ける。


 どうやら今日は、川向こうの河川敷で試合があるらしい。


 流されるように、リリもそのままバスに乗せられた。


 乗り口で、監督と目が合う。


 監督は不思議そうに首をかしげていた。


「なあ、あれやってくれよ」


 誰かが言う。


「いつもの挨拶!」


 リリは嬉しくなって、思わず立ち上がった。


「はーい! 私は魔法使いリリ。魔法学校を卒業したての新米。よろしくね!」


 バスの中は、拍手と歓声に包まれた。


 試合が始まった。


 ナインスターズは打ちまくった。


 点が入るたび、リリは選手たちと一緒に跳ねて喜んだ。


 試合は終始ナインスターズのペースで進み、気づけば——


 十対零。


 コールド勝ちだった。


 相手チームは、納得のいかない表情を隠そうともせず、足早に引き上げていく。


「リリが来てから連勝だな!」


「本当に魔法で勝たせてくれてるんだよ!」


 笑い声の中で、リリは少しだけ困った顔をした。


 ——今日は、魔法を使っていない。


 だから、何とも言えなかった。


 道具を抱え、みんなでバスに乗り込む。


 リリは一番後ろの広い席に座らせてもらった。


 バスが動き出す前、監督が前に立ち、後ろを振り返った。


「今日は、みんな本当によく頑張った」


 声が少しだけ、低くなる。


「……今日は、小林の命日だ」


 その言葉に、車内が静まった。


「あの日から一年。よくここまで来た。今日、勝てて本当によかった」


 すすり泣く声が聞こえた。


 リリは戸惑った。


 ——勝ったのに、どうして泣いているの?


 悲しいときに泣く、と魔法手帳には書いてあった。


 でも、これは悲しいの?


 近くに座っていた選手が、そっと教えてくれた。


 一年前。


 試合中、ピッチャーだった小林という人が、投球動作に入った瞬間——雷に打たれて亡くなったこと。


 雷鳴が響き、試合を中断しようとしていた矢先だったこと。


 リリは、魔法手帳を開いた。


 ——教えて。


 手帳は、静かに答える。


 ふんふん。


 ふんふん。


 ふんふん……。


 理解した瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。


「……うわぁぁぁん……!」


 リリは、子どものように声を上げて泣いた。


 ただ、悲しかった。


 理由も理屈もなく、ただ、悲しかった。


 選手たちはリリを慰めながら、共に泣いていた。


 バスは静かに、山道を走り続けていた。


リリは知った。


人間は、死ぬことがあるということを。


それは、とても悲しいことだということも。


人間の世界には、楽しいことばかりではなく、


どうしようもなく悲しいこともある。


だから人は、悲しいときに泣く――


魔法手帳には、そう書いてあった。


リリの世界には「死」はない。


もともと天使だったリリにとって、


命が終わるという概念は、遠いものだった。


それでも、今日、初めて思った。


――魔法使いになって、よかった。


悲しみを知って、泣くことができる。


それはきっと、弱さではなく、


誰かを想う力なのだと、少しだけ分かった気がした。


やがて、リリを乗せたバスは都会に着いた。


リリは、また人間たちに手を振り、さよならを告げる。


そして――


次のバスが来て、


浮遊島アリウスへと戻ってきた。


「ぐぅー」


お腹が鳴った。


気がつくと、リリはレストランの前に立っていた。


今日は、オルフェンがいた。


「お帰り。今日はオムライスを作ったよ。召し上がれ」


「わあーい! 美味しそう。いただきまーす!」


リリはよほどお腹が空いていたのか、


もぐもぐと夢中で口に運んでいく。


食べながら、ふと首をかしげた。


「どうして今日は、お腹が減ってるって分かったんですか?


この前は、お腹いっぱいだって知ってたし」


オルフェンは少しだけ口元を緩めて言った。


「今日は、くしゃみをしなかったからだよ」


「?」


意味はよく分からなかったが、


リリは深く考えないことにした。


それよりも、今日の出来事を話したかった。


リリは、野球のこと、


泣いていた人たちのこと、


自分が悲しくなったことを、


一つひとつ、オルフェンに話した。


「そうか。それは良かったね」


オルフェンは静かにうなずいた。


「人間のこと、少し分かってきたみたいだ」


「うん。リリ、悲しくて泣いちゃった。


人間は悲しいときに泣くって教わったけど……


少し、分かった気がする」


オルフェンは、


ほんの少しだけ成長したリリを、


やさしい目で見つめていた。


するとリリが、ぽつりと言った。


「でも、あの人たち、昨日も野球してた。


毎日やってるって、すごいな」


オルフェンは、少し笑って答える。


「この浮遊島の一日は、地球の七日分なんだ。


僕たちの世界の一日は、地球の七年。


神様にとっては――一日が、地球の七千年になる」


「そこまでは、習ってなかっただろ?」


「そうなんだ……」


リリは感心したようにうなずいた。


「……あっ、ごちそうさまでした~」


そう言って、


お腹いっぱい、満足満足、という顔で部屋に戻っていく。


オルフェンは、思わず小さく呟いた。


「……オッサンか」


そして、少し照れたように、


「賢者なのに、突っ込みを入れてしまった。不覚……」


と、ひとり反省した。


部屋に戻ったリリは、清潔室を通り、寝室へ入った。


清潔室を抜けると、体も、身につけているものも、


すべてがきれいになる。


鼻唄を歌いながら、リリは魔法手帳を開いた。


「今日は水曜日……


あと四日間、日本に行くんだ。


それから、七日後……」


リリは意外にも、記憶力が良い。


それは魔法学校でも、よく褒められていた。


「ふんふん、なるほど……」


いつもの口癖が、部屋に小さく響く。


やがて、その声は途切れ、


リリは静かに眠りについた。



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