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第10話

怒り。


胸が焼ける。


リリは森から歩み出る。


両軍の間へ。


「おまえ、人間の命を何だと思ってる!」


男――エルダは笑う。


「なんだ、その格好は?女か?どけ、邪魔だ。」


「退かない。」


声が震えない。


「神様が造った人間を、おまえごときが殺していいと思ってるのか!」


「神様?おまえの神は誰だ?」


リリは答えられなかった。


名前を知らない。


けれど――


怒りが、溢れる。


彼女には見えた。


炎に包まれる家。


泣き叫ぶ子供。


倒れる母親。


「……っ」


身体が熱くなる。


両軍の兵には、リリが燃えているように見えた。


光が放たれる。


次の瞬間――


無数の稲妻が空から落ちた。


「稲妻さん……当たらないで!」


荒野に雷鳴が響く。


兵士たちは悲鳴を上げ、逃げ惑う。


敵も味方も関係ない。


混乱。


崩壊。


やがて。


誰もいなくなった。


戦いは行われなかった。


だが――


死んだ命は戻らない。


荒野の真ん中に、リリは一人立っていた。


稲妻は人間には当たらなかった。


だが――


そこにいた一人の天使には、当たっていた。


静まり返る荒野。


風だけが吹く。


女性や子供たちの最期が、脳裏に蘇る。


止まらない。


怒りでもなく、正義でもなく。


ただ、深い悲しみ。


リリは膝をついた。


そして――


大声で泣いた。


泣き続けた。


荒野に、ただ一人。


荒野には、もう誰もいなかった。


つい先ほどまで怒号と恐怖が渦巻いていたはずの大地は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。乾いた風が、焼けた土の匂いを運んでくる。


その真ん中で、リリは膝を抱えて泣いていた。


自分が止めたはずの戦い。


けれど、守れなかった命があった。


胸の奥に刺さるような痛みが消えない。


そのときだった。


音もなく、いつものバスが荒野に降り立った。


まるで最初からそこにあったかのように、静かに。


リリは涙で濡れた顔を上げ、震える声で言った。


「ありがとう……バスさん。」


ゆっくりと立ち上がり、バスに乗り込む。


京都では、呼んでもすぐに来なかった。


あの遅れがあったから、あの兄妹に出会えた。


あの子たちの心に、小さな力を残すことができた。


バスは、いつも最適なときに来る。


魔法学校では、そんなことは習わなかった。


けれど――


地球で体験したことは、ほとんどが教科書にないことばかりだ。


(誰かが、私に体験させている……?)


リリはしばらく考え込む。


だが、やがて小さくつぶやいた。


「まっ、いいか。」


相変わらず、答えがすぐに出ない問いは、深追いしない。


バスは空へ舞い上がり、雲を抜け、やがて光の中へと帰っていった。



カラン、カラン。


いつもの音を立てて、レストランの扉が開く。


だが、今日は違った。


「おかえり。」


オルフェンの声が響く。


しかし、リリは返事をしない。


ふらりとカウンターに座ると、次の瞬間――


「うわあああん!」


抑えていた感情が、堰を切ったようにあふれ出した。


荒野では耐えていた涙が、ここでは止まらない。


しばらく泣き続けたあと、


ぐぅう……。


タイミングを見計らったかのように、お腹が鳴った。


オルフェンは何も言わず、皿を置いた。


「さあ、今日は特別にいい肉だ。」


リリはうつむいたまま動かない。


オルフェンはやさしく言った。


「まずは、食べなさい。」


小さく頷き、フォークを手に取る。


一口。


「……おいしい。」


二口。


「おいしい……。」


三口目には、涙と一緒に言葉がこぼれた。


「抜群。オルフェンの料理はいつも美味しいけど……今日は、特別。」


オルフェンは穏やかに笑った。


「今日が特別に美味しいのは、リリがそれだけ頑張ったってことだよ。」


その一言で、また涙が浮かぶ。


「今日……たくさんの人が死んだ。」


声が震える。


「なんで人間は争うの?


なんで病気になるの?


なんで死ぬの?


神様が作ったなら……どうしてそんな人間を作ったの?」


沈黙が流れる。


オルフェンは少し困った顔をしてから、静かに尋ねた。


「リリは、神様がどんな方だと習った?」


リリは考える。


「なんでも作れて……優しくて……


私たちの気持ちを分かってくれる、お父さんみたいな存在。」


「そうだね。」


オルフェンはうなずく。


「そんなお父さんが、最初から悲しむための人間を作ると思うかい?」


リリは、ゆっくりと首を振った。


オルフェンは静かに言った。


「なら、神様を信じなさい。」


それ以上は語らない。


いつものように、多くは説明しない。


リリはその言葉を、胸の奥にしまい込むように呟いた。


「……神様を、信じる。」


涙の奥に、ほんの少しだけ、光が灯った。


「神様を信じる……」


そう言ったものの、リリには、その意味がまるで分からなかった。


信じるとは何か。


何を、どう信じればよいのか。


部屋に戻り、白い天蓋つきのベッドに寝そべる。


もう、地球には行きたくない。


目を閉じると、荒野が浮かぶ。


焼け落ちた城壁。


泣き叫ぶ声。


稲妻の光。


――行っても、辛い人たちを見るだけ。


リリには重すぎた。


そのまま、いつの間にか眠りに落ちた。


翌日も。


その翌日も。


リリは部屋から一歩も出なかった。


魔法手帳は引き出しの奥にしまわれたまま。


地球に行かなければ、お腹も減らない。


不思議な静寂が続いていた。


ふと、思う。


オルフェンは、私がレストランに来ないことをどう思っているんだろう。


でも、何の連絡もない。


私は……人間を知りすぎたのかな。


もともとは、卒業旅行だった。


楽しむための旅だったはずなのに。


現実は違った。


ただ、それだけ。


――もう、帰ろう。


リリは荷物をまとめ始めた。

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