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第1話

「はーい、私は魔法使いリリ。

魔法学校を卒業したての新米。よろしくね」

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それが、リリのいつもの挨拶だった。

 明るく、元気で、少し間の抜けたその言葉を、彼女は何度も繰り返してきた。

 ――もっとも。

 実のところ、リリはまだ卒業していなかったのだが。

「おーい、新米。この地球に何をしに来たんだ?」

 声をかけてきたのは、先輩賢者のオルフェンだった。

 落ち着いた声に、長い年月を生きてきた者特有の余裕がにじんでいる。

「リリ、立派に卒業できたから、ご褒美の卒業旅行に来たんです」

 胸を張って答えると、オルフェンはわずかに眉をひそめた。

「……うん?

 卒業したら、すぐに各地へ送り出されるはずだと思ったが。

 今は違うのか?」

「らしいです」

 リリは、深く考えずにそう答えた。

 実際のところ、“らしい”以上の理由はなかった。

 それにしても――。

 リリは、眼下に広がる青い星を見下ろした。

 地球。

 とても綺麗な星だ。

 神様が一生懸命作られた、人間が住む唯一の星。

 そう、教わった。

 私たちの故郷、KIRARAは不思議な世界だ。

 人間と同じ形はしているけれど、人間ではない。

 たぶん、どれだけ説明しても、人間には分からない。

 ――まあ、そのうち分かるかな。

 そう軽く考えたところで、リリはふと気づいた。

 浮遊島アリウス。

 ここまで来たのはいいけれど――。

「……あれ?

 地上に降りるには、どうしたらいいんだろ?」

 気づいた時には、オルフェンの姿はもうなかった。

 宇宙なら自由に飛べる。

 でも、この浮遊島から先は違う。

 何かに乗らないと、落ちたら死んじゃうらしい。

 しかも、魔法も効かない。

「うーん……」

 仕方がない。

 少し、散策でもしよう。

 そう思った、その瞬間だった。

 ――ぐぅ。

 小さく、でもはっきりと音が鳴った。

「……え?」

 お腹が、鳴った。

「これが……おなかがすく、ってやつ?」

 授業で習った。

 おなかがすいたら、早く食べ物を見つけて食べないと死ぬ、と。

 そういえば、魔法学校では不思議なほど

魔法以外は、地球のことばかり教えられた。

 なぜだろう?

 ――ぐぅー。

「や、やばい……」

 これは、かなりやばい気がする。

 何か、食べなければ。

 そのときだった。

 ふわり、と。

 どこからか、美味しそうな匂いが漂ってきた。

「……いい匂い」

 考えるより先に、体が動いていた。

 リリは、吸い込まれるようにその匂いの方へと歩き出す。

すると、ある建物の前に出た。

 扉の横には、見慣れない文字が並んでいる。

「……レストラン?」

 そう声に出しながら、透明な扉を押す。

 静かに開いた先には、広い客席が広がっていた。

 ――誰もいない。

 テーブルも椅子も整っているのに、気配がまるでなかった。

「お腹、空いたかい? リリ」

 不意に声がして、リリは跳ねるように振り返った。

「えっ。あっ、何してるの?」

「見れば分かるだろ。料理だ」

 そこには、エプロン姿のオルフェンがいた。

 鍋の前に立ち、落ち着いた手つきで何かをかき混ぜている。

「なんで……賢者のオルフェンが料理してるの?

 それも、一人で……」

「はい」

 オルフェンは答えの代わりに、皿をカウンターに置いた。

 湯気が立ちのぼり、香りがふわりと広がる。

「いい匂い……。

 でも、白い粒々に、ドロッとしたものがかかってる~」

「かぁー。

 不味そうな表現するなよなあ。せっかく作ってやったのに」

 オルフェンは肩をすくめて言った。

「それは、日本人がよく食べるカレーライスっていうんだ」

 少しだけ、誇らしげだった。

「その横のスプーンで食べる」

「これ?」

「そうだ。

 ……おまえ、本当に魔法学校、卒業したのか?」

「してる」

 ――はず。

 そう思いながら、リリは自分でも少し不安になった。

 地球のこと、ちゃんと学んだはずなんだけどな。

 恐る恐る、スプーンを口に運ぶ。

「……うーん」

 一瞬の沈黙。

「美味しい。すごく美味しい。

 いける、いける!」

「だろ」

 リリは夢中になって食べた。

 スプーンが止まらない。

「おかわり!」

「……マジか」

「人間って、こんな美味しいものをいつも食べられるなんて、最高だね」

 その言葉に、オルフェンはなぜか反応しなかった。

 ただ、食器を片付けながら、静かに言う。

「……地球人のみんなが、

 美味しいものをお腹いっぱい食べられてるわけじゃない」

「えっ?」

 リリが聞き返したとき、オルフェンはすでに背を向けていた。

「ねえ、ほかの人は?

 料理も、オルフェン一人で作ってるの?」

「ああ。僕一人で十分だってさ」

 少し間を置いて、続ける。

「……君の魔法学校の校長が、そう言ってた」

 リリには、その意味がよく分からなかった。

「下に降りたいんだろ?」

「うん!」

「じゃあ、三時に広場に行きな。

 そこに地球行きのバスが着く」

 オルフェンは淡々と説明する。

「今日は日本行きだ。

 このカレーライスも、向こうで食べられる」

 そして、付け加えた。

「ただし、店で食べるならお金がいる。

 ……魔法で払えるはずだ」

「はい! リリ、頑張ります!」

「……何を頑張るのか」

 オルフェンは、小さく息を吐いた。

 その胸の内には、

 言いようのない不安だけが残っていた。

「うわあ……すっごく綺麗」

 思わず声が漏れた。

 お日さまはあたたかく、空気は澄んでいて、胸いっぱいに吸い込むと、なんだかお腹まで満たされる気がした。

「空気まで美味しい……。

 あんなに美味しいものも食べられて、青い空も味わえるなんて。

 人間って、こんな星に住めて超ラッキーかも?」

 リリは、思わずにやけてしまう。

 これから何が起きるんだろう。

 どんな人に会うんだろう。

 わくわくが止まらなくて、鼻歌が勝手にこぼれた。

「ルンルン、ルンルン♪」

 広場のベンチに腰かけ、足をぷらんぷらんと揺らす。

 その様子は、魔法使いというより、遠足前の子どもそのものだった。

 広場の中央には、背の高い時計台が立っている。

「えーっと……短い針がここで、長い針が……あ、もうちょっとだ」

 魔法手帳には、なぜか人間世界の時計の読み方が、丁寧に載っていた。


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