19『おはよう』
まずい所をアシェリーに見られてしまった……。
キッチンで妻に土下座する父親の姿なんて、不倫か借金がバレた所にしか起こらないだろう。
彼女の一言でまた、均衡崩壊が起こるのは何としてでも避けたい――。
「私……先にお風呂いただきます」
アシェリーはひとり、風呂へと向かった。
「助かったぁぁぁぁぁ」
身体から力が抜け、床に顔が触れると火照った顔が冷まされた。
理由は別にしても、誰かに土下座姿を見られるのは恥ずかしいものだ。
しかし、そんなことはお構いなしに俺のケツをイエローが足で小突いて、返答を催促してきた。
「ほれほれ、白状しろダメ夫。アタイたちが居ない間に、二人でどんないかがわしいことをしてたんだね??」
「いかがわしいだなんて――ッ。ちょっと……使者様に手取り足取りご尽力してただけよ」
「……」
ピンクは頬に手を当てて恥じらいを見せ……、何も言わなくてなったイエローの蹴りの威力だけが増す。
そんな、無実の罪で俺のケツが熱を持ち始めたときだった――。
「きゃあああああああ」
風呂場の方からアシェリーの叫び声――――。
……まずい。
イエローとピンクが俺を放置し、風呂場へ向かった。
間もなくして、
「ハジメ~~大丈夫。覗き魔とかじゃないみたい~~」
だろうな……。イエローの声は良く響く……だが、いち早く状況を理解した俺には分かる。
浴槽に水は貯めたが、沸かしてない――――ッと。
俺は一人外に出て、風呂を焚くために薪置き場へと向かった。
主夫ならよくある事だろう……家族が温かい夕食を食べている間に、焚き忘れた風呂を沸かすなんてこと。
そんな日から六日目の朝――――。
俺の朝はアシェリーの自主練を窓から覗き見、昼はイエローが獲って来た動物を串打ちして炭火焼きの練習という日々が続いた。この期間、アシェリーとはほとんど会話らしい会話をしていない。
もちろん、風呂の焚き忘れもあの日以来、一度もない。
アシェリーの成長スピードが速いのか遅いのかは不明だが、彼女の能力値はレベル2から上限の30へ、筋力5から上限25へ、見習い能力者から上限の中級の水魔法使いまで上がっていた。
しかし、能力値の上限に達したのは三日前。
生き生きと朝練していた彼女も、成長が止まったままの朝練は言うまでもなく苦痛な『確認作業』。
この『限界を自覚していない期間』というものは一番ストレスが溜まるものだ。
目標値が高ければ高いほど、自分の可能性は過信するもの……。
もっと成長できる……、もっと練習すれば……、もっと別の方法を試せば……。
だが、そんなものは頭の中で作り出した虚像……万人が現実に出来るものではない。
「アシェリーちゃん……つらそう」
珍しく早起きしてきたイエロー。
さすがに成長の止まったアシェリーを心配しているのだろう。
だが、そんなイエローすらも……俺から見れば辛そうだ。
「良くやったんじゃないか……? イエローもアシェリーも、他のみんなも。明日はアシェリーの誕生日会、それが終われば俺たちは消える。最後までガーターレーンとして役目を果たさないとな」
そして、俺はいつも通り……朝食を準備するのだった。