13『朝食の前に』
目覚めの朝――――。
窓から差し込む日差しで、目を覚ました俺がいるのはリビング。
夫役の俺は夫婦の寝室のベッドをイエローに明け渡し、一人寂しい朝を迎えた。
家の外からは出しっぱなしの水道の音がジョロジョロと聞こえる。
おそらく、アシェリーが朝練をしているのだろう……。
少し開いた窓からその様子を覗くと、背を向けたアシェリーが立ち小便しているような角度で見えた。
股間ソフトクリームしかり――テロというものは誰もが予想していなかったタイミングで起こるものだ。
アシェリーの下腹部あたりから放出される水流は勢いを増し――。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
彼女は雄叫びをあげながら回転する。
もちろん、アシェリーにリトルアシェリーは付いていないし、右手首を左手で掴んでいるのも封印された暗黒竜が暴走しているわけでもなく――勢いを抑えていただけ。
「この技の名前は……そう。『ウォーターレボリューション!』 うん、イケてるわ! 目指せスローライフ! 頑張れ私!」
一番見てしまってはいけないものをみてしまった……まさに朝活ならぬ朝テロ。
さすがに目を伏せてしまった。
そう……封印されているのは厨二病が現在進行形の『元ブラック企業勤めで水を全般的に操れる能力を選んだ樋口杏子』なのだ。
しかし、この異世界では彼女が主人公。
彼女が好きなだけ羽ばたいて良い世界――――。
彼女のためにこの世界が存在していると俺は願いたい……。
だから、父親役の俺は顔を洗い――朝食の準備をするのが良いだろう。
そう思い、再び目を開くと……。
「「あっ……」」
異世界には欠かせない『羞恥場面』が始まった。
*
「どこから見てたのですか……父様?」
あんなに生き生きと自分の世界に心酔していた彼女は小さくかがんで恥ずかしそうだ。
俺は彼女の自尊心を父親として守らねばならない――――ッ。
「どこからって? いま起きたところだ、ふぁ~おはようアシェリー」
目をこすり、すっとぼけることにした。
かと言って、水浸しの一面を前に完全無視というわけにもいかない……。
出過ぎてもダメ、引き過ぎてもダメのチキンゲームが……今始まった。
先行はアシェリー……、しかし彼女は反応がない。
パスだろうか……。ならばッ!
「凄い水たまりだな。アシェリーがやったのか?」
『凄い水たまり』この言葉には、誉め言葉と次回のアシェリーのターンでパスを防ぐ効果がある。
さあ、どう出る……アシェリー。
「はわわ……ごめんなさいっ」
リバース言葉『はわわ』……この言葉には罪悪感と羞恥心が含まれている――――ッ。
そして、全てを無に帰す『ごめんなさいっ』……降伏とも聞き間違えそうな一言だが、これは完全なる罠。
深入りすれば、俺がさらなるバタフライエフェクトをレボリューションしてしまうことになる……。
「朝飯食うか??」
俺は何事もなかったかのようにそう一言だけ残して洗面所に向かった。