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第51話『影の観察者 ―知を司る声―』

 議会塔を後にした群衆は、祝祭のように広場を埋め尽くしていた。


 ──だが、その熱の外。

 王都の石畳の影で、異形の視線がひとつ、静かに揺れていた。


     ◇ ◇ ◇


 夜。

 宿に戻ったカイルたちは、短い休息を取っていた。


 ラティナは帳面を整理し、フィノは鈴を磨き、ミリエルはセリーヌの手を包帯で優しく覆っている。


「今日の一歩は、大きかったわね」


 ラティナが呟く。


「けど、貴族たちが素直に引くはずもない。……まだ見苦しく反論してくるはず」


「うん。でも……」


 ミリエルが言葉を継ぐ。


「街の人たちが“信じたい”って顔をしてた。きっと、負けないよ!」


 カイルは黙って頷き、窓の外を見やった。

 夜の王都。塔の尖りは黒い影となり、その向こうに薄雲が流れている。


 ──その時、耳の奥に声が落ちた。


「実に、興味深い」


 振り返っても誰もいない。仲間たちは気づいていない。

 けれど、確かに耳に届いた。


     ◇ ◇ ◇


 ──どこか別の場所。

 闇に浮かぶ、細長い机。蝋燭の火もなく、光源はなぜか棚に並ぶ無数の水晶球だけ。

 その中央に座るのは、燕尾服を纏った長身の男。人に似て、人でない異形。


 ヴァルザ=レヴェラ。知を司る魔人。


 彼の前に置かれた水晶には、今日の議会塔の映写が映っていた。

 白い波が広がり、群衆が鈴を鳴らし、カイルが仲間と共に立つ姿。


「やはり“湧き出す体質”……いや、それだけではない。彼は波の《質》を見極め、《整える》ことができる」


 細い指が水晶を撫でる。


「白と青。自己整流と過負荷。……ふむ、愚かな人間たちにも、ついに違いが見える時代が来たか」


 彼は楽しげに笑った。

 だがその笑みには、別の色も混じっている。羨望、執着、そして観察者としての好奇心。


「このまま“塔”を崩すのか。それとも……新たな“檻”を築くのか。──見届けさせてもらおう。少年」


     ◇ ◇ ◇


 カイルは窓辺で目を細めた。

 声はもう聞こえない。

 だが、胸の奥にざらつくような感覚だけが残っていた。


(……誰だ。俺を“見ている”)


 ミリエルが心配そうに近づく。


「カイル? どうかしたの?」


「いや……大丈夫だ」


 小さく首を振る。

 だが、彼の視線は窓の外の闇から離れなかった。


 鈴の音が、遠く広場からまだ響いている。

 それは祝福であり、同時に新たな幕開けの合図のように思えた。


 ──影は確かに動き始めている。


 《つづく》


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