第50話『貴族議会 ―揺さぶられる塔―』
翌日、王都の鐘はまだ三度も鳴らぬうちから落ち着かない音を響かせていた。
議会の塔の広場には、すでに群衆が集まっている。
一昨日の《公開小審査》と昨日の《監査》で示された「白い波」と「封緘破り」の噂は、二晩で王都を覆い尽くすまでに増長していた。
「特別枠で瓶を抜かれてたって……本当か?」
「祭りや戦で飲まれてた分、庶民に来なかったんだろ」
「白の波なら、もう余計な中抜きで困ることなんてねえさ!」
子どもたちが鈴を鳴らし、笑いながら「白! 白!」と叫ぶ。
屋台では“白パン”と名付けられた焼き立てが飛ぶように売れ、吟遊詩人は「木剣で剣を弾いた勇者」の歌をもう口ずさんでいた。
広場は祝祭のようでありながら、緊張を孕んでいた。
◇ ◇ ◇
議会塔の大広間。
半円形に並ぶ席には、上層貴族と商会の重鎮がずらりと居並び、冷ややかな視線を壇上に注いでいる。
正面の椅子に座るのは、議長を務める白髪の老侯。杖を軽く突き、声を響かせた。
「本日の議題──“王都規格魔素水に関する再審査”。監査での記録が提出されている。研究院代表、前へ」
シリル・ハートリーが歩み出て、羊皮紙の束を広げ、昨日の監査と同様の内容を宣言する。
「三系統の記録は一致。《白》は自己整流を示し、《青》は外部供給による過負荷が残留していた。さらに《封緘台帳》には、制度側の“脆弱性”が明確に残っている」
ざわ、と議場が揺れる。
「制度そのものによる問題だと……!?」
「“脆弱性”だと!? ふざけるな!」
「どのみち庶民には届かないのだ!」
上層貴族を中心に、反論の声が大きくなる。
昨日の監査の記録などまったく目を通した気配のないことがわかる上層貴族たちの反応を、カイルたちは辟易とした表情で眺めていた。
貴族側の反論は続く。
「《封緘台帳》はどこにあるんだ! ありもしない内容をでっちあげようといったとて、そうはいかぬぞ!」
するとその時、重い扉が開き、黒衣の査察官が入ってきた。
片眼鏡を光らせ、机に厚い帳面を置く。
「監査の議事録と《封緘台帳》の写しを提出する」
「!?」
貴族側に動揺が広がる。
査察官が《封緘台帳》を提出する意味。それは、商会側がカイル側についたも同義であった。
査察官は鼻を鳴らす。
「……フン。……数字は嘘を嫌う」
そしてラティナが発言席へと進み、帳面を叩いた。
「それでは、先ほどハートリー氏が申し上げた“脆弱性”についてご説明申し上げます。“緊急搬入”と称して貴族の宴に流れた瓶があります。証拠はここに──三年前の火災時、200瓶。二年前の貴族街の宴、300瓶。他にもすべて、あなた方の署名付きで」
会場の空気が一気にざわめきへ変わる。
◇ ◇ ◇
すぐに反撃が飛んだ。
青の外套を纏った壮年の貴族が立ち上がり、声を張る。
「この際、流用についてはどうでもよい! そもそも、無資格の瓶こそ最大の危険だ! 外で勝手に精製された物が流通すれば、王都の秩序は瓦解する!」
別の貴族たちも続く。
「そうだ! 昨日の“白”は幻覚かもしれぬ。無限に魔素を生むなど、神話の虚言にすぎん!」
「長い歴史でこれまで安定して問題がなかったんだ! 今さら新しいものを取り入れる必要などないだろう!」
貴族たちが考えているのはあくまで自分たちの保身。有利な立場の維持に他ならなかった。そして署名について一刻も早くうやむやにすることで、自身や貴族たちへの責任問題になることへの回避に全力を注ぐ。
その見苦しい様には、新たな魔素水によって庶民を助けようという発想は皆無だった。
しかし、それは庶民側にも筒抜けであり、群衆席からは最大級の怒号が飛ぶ。
「幻覚だと!? 俺の手を治してくれたのは何だ!」
「白を否定するやつらが不正してたんだろ!」
「庶民を犠牲にして宴をしてたくせに!」
場が荒れ、護衛が慌ただしく動いた。
◇ ◇ ◇
ミリエルは拳を握りしめ、立ち上がった。
「……王都は公平を失っています! 貴族も平民も関係ない、人の命には等しい価値があるはずです!」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が広がる。
セリーヌも庇帽を外し、震える声を張った。
「私はラフィネ家の娘、セリーヌと申します。私は、かつて仲間を裏切った罪を背負っている。……それでも見たんです。白の滴は、人を救う。議会の皆さまも、自らの目で見てください!」
彼女の必死の言葉に、群衆席の拍手が広場まで響いた。
鳴り止まぬ拍手を受けて、老侯は杖で床を鳴らした。
「本日の審議はここまで。明日、最終討議を行う」
場が収まりきらないまま、広場に鐘が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
議会塔を出ると、夕陽の広場で人々が待ち構えており、健闘の拍手と今回のシンボルとなっている鈴の音で迎えられる。
鈴の音はいくつも重なり、白い波を思わせるように広がっていく。
子どもも老人も、皆が笑顔で鈴を振っていた。
カイルは仲間たちを見渡し、短く言った。
「明日が本番だ。──世界を変えよう」
ラティナが議事録を抱え、ミリエルは祈るように頷く。
セリーヌは白布の庇帽を握りしめ、フィノは鈴を高く掲げた。
その澄んだ音は、赤く染まる塔の尖りにまで届いていた。
《つづく》
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