第49話『制度の揺らぎ ―監査の朝―』
翌朝の王都は、ざわめきに包まれていた。
研究院の広場には人が集まり、商会連合会館の周囲には護衛が二重三重に並んでいる。
昨日の公開審査の映写は一晩中流され、街角では「白の波」を真似て鈴を鳴らす子どもたちの姿まであった。
「今日、監査があるんだろ?」
「商会が異議を持ち出すって噂だ」
「何か言いがかりをつけるんじゃないか? でも見ただろ、白い波を」
市井の声は白へ傾いている。だが、それゆえに制度は逆に揺らいでいた。
◇ ◇ ◇
研究院の会議室。
シリル・ハートリーが羊皮紙を机に並べ、冷静に告げる。
「本日の監査は、商会側の《混入の恐れ》に対する反論が主題だ。数字、記録、封緘。すべてで“穴”を塞ぐ」
ラティナが帳面を抱えて頷く。
「既存の正規品については《封緘台帳》の柔らかさを突くわ。宴や戦で“特別枠”が使われた痕跡。つまり“彼ら自身が混入を常態化している”証明ね」
ミリエルは少し緊張した面持ちで口を開く。
「でも……昨日みたいに、誰かが傷つくのはもう嫌。数字で決着がつけば……」
カイルが静かに応えた。
「そのための場だ。剣じゃなく、数字と声で」
フィノは鈴を抱え、小さく跳ねる。
「《フィノ・ベル》なら準備万端! 数値がぶれたら鈴が変な音を出す。逆に白い波なら、気持ちよく響く!」
どうやらフィノは自身の名前を使われる腹を決めたらしい。
緊張した空気が、わずかに和らいだ。
◇ ◇ ◇
監査の場は商会連合会館の大広間で行われた。
高い天井に青い旗が吊られ、壇上には査察官と研究院、商会の代表が並ぶ。
市民代表として礼拝堂の司祭と、昨日の炭焼きの男の姿もあった。
「監査を開始する」
片眼鏡を光らせた査察官が開会を告げる。
「まずは商会側からの主張を」
壇上に立った壮年の商会員が声を張る。
「昨日の審査は感情に流された見世物にすぎん。王都規格の正当を揺るがすものではない。むしろ、無資格の瓶こそ“混入の恐れ”を孕む!」
観客席からざわめきが漏れた。
シリルが落ち着いた声で反論する。
「──研究院の暫定見解を出す。三系統の記録は一致。《白》は自己整流の傾向を示し、《青》は魔素の外部供給による過負荷が残留していた様子。よって、純度としては《白》のほうが高い、という見解となる」
シリルは続ける。
「逆に、既存の既製品についても、取り扱いに脆弱性が発生していることを指摘させていただく。この《封緘台帳》には特別枠の痕跡が残っている。宴、戦、災害……規格は柔らかい。その柔らかさこそ、脆弱性の最大の要因だ」
ラティナが帳面を広げ、次々と事例を読み上げる。
「三年前、北区の火災で“緊急搬入”を理由に200瓶の封緘破り。二年前、貴族街の宴で“追加瓶”300瓶の搬出。他にも多数」
会場にざわめきが走る。
「制度側が勝手に出していたのか……?」
「一般庶民が手にいれることができないのに……!?」
「“恐れ”を言う資格はどっちにあるんだ!!」
◇ ◇ ◇
商会側は必死に声を張る。
「それは必要な例外措置だ!」
「規格を守るためにこそ──」
だが、その言葉を遮るように鈴が鳴った。
フィノが机の上で《フィノ・ベル》を揺らしたのだ。
澄んだ音が広間を満たし、観測器の水晶が白く光る。
「見てください! 純度の高い《白》は、少量で効きます! それに大量生産も可能です! 封緘を破る必要なんかありません!」
フィノの声が響き、観客席から拍手が湧いた。
査察官が机を叩く。
「静粛に。──だが、記録と証拠が揃っている以上、無視はできん」
彼の目は鋭くも、昨日までとは違っていた。
「明日の本会議において、この監査の議事録および《封緘台帳》を提出する」
◇ ◇ ◇
会館を出たあと、仲間たちは短い息を吐いた。
ミリエルはほっと笑みを浮かべる。
「……今日の場は、議論で勝てたんだね」
ラティナが冷静に頷く。
「制度を揺らすには、制度の言葉が要る。まだ始まりにすぎないけど」
セリーヌが庇帽を押さえ、呟いた。
「……でも、これで救われる人がきっと増える」
カイルは空を見上げる。塔の尖りが夕陽に赤く染まっていた。
「まだ川の途中だ。上流へ声を届けよう」
白い鈴が、小さく鳴った。
《つづく》
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