第38話『商人たちの牙城』
王都の大路をさらに進むと、石畳は磨かれ、両脇の建物も一段と豪奢になっていった。
白壁に赤い瓦屋根、窓枠に彫金細工を施した商館が軒を連ね、その中央にひときわ大きな建物がそびえている。
「……あれが、王都商会の本部」
ラティナの声は硬い。
壁には王国の紋章と、商会を示す双頭の鷲が掲げられ、鉄製の門の前には屈強な護衛が控えていた。
ミリエルが小さく息を呑む。
「大きい……。まるで宮殿みたい」
「実際、ここは“金の宮殿”よ」
ラティナは冷ややかに言った。
「この街で合法的に物を売るには、必ずここを通さなきゃならない。資格も、税も、卸の権利も、ぜんぶ商会が握ってるの」
門前には既に列ができていた。地方からの商人たちが取引の許可を得るため、帳簿や商品を抱えて並んでいる。
護衛は一人ひとりに鋭い視線を注ぎ、少しでも怪しいと判断すれば容赦なく追い払った。
「カイル、本当にここに入るの?」
ミリエルが不安げに尋ねる。
「ああ。偽物を辿るのも大事だが、王都で魔素を流通させるなら、ここも避けては通れない場所だ」
カイルは迷いなく答えた。
その横で、フィノがじっと門を見つめていた。
「すごいなぁ……。噂では聞いてたけど、本当に“牙城”だ。見てよ、この結界の張り方! 二重結界だよ! しかも下層に魔素を循環させてる……! 効率悪いけど、威圧感は抜群だね!」
身を乗り出して早口でまくしたてるフィノに、ラティナが苦笑した。
「研究対象みたいに語らないの。今から乗り込むのは、商売と権力の巣窟なんだから」
フィノはきょとんとした顔で皆を見た。
「でも、こういう場所を見なきゃわからないことってあるでしょ? 魔素の流れ、建物の守り、そこで動いてる人たち……全部“実地研究”だよ!」
その勢いに押され、ミリエルも思わず微笑む。
「ふふ、フィノらしいね」
門番の護衛が近づき、鋭い目で四人を値踏みした。
「用件は?」
ラティナが一歩前に出て、手際よく胸元から取引証を差し出す。
「地方商会よりの紹介だ。こちら、扱いたい商品がある」
護衛は証文を受け取り、しばし無言で目を通すと鼻を鳴らした。
「通れ。ただし“本会議”の許可が下りるまで、勝手な行商は禁ずる」
重い鉄門がゆっくりと開き、石畳の広い中庭が現れる。噴水が水音を響かせ、商人や役人たちが行き交う。
その中心に、黒衣の男が立っていた。背は高く、背筋は剣のように真っ直ぐ。片眼鏡の奥から鋭い光がこちらを射抜く。
「……あれが、王都商会の査察官」
ラティナが声を潜める。
「私たちの前に立ちはだかる、最初の壁よ」
男はゆっくりと近づいてきた。
「ほう、地方からの商人風情が、わざわざ王都に何の用だ?」
声には嘲りが滲んでいた。
ラティナが礼儀正しく答える。
「新たな魔素水の取引を希望しています。シェルバ商会の保証も──」
だが男は手を上げ、言葉を遮った。
「保証? ふん。地方の三流商会の名など、ここでは羽虫のようなものだ。王都で物を売るとは身の程知らず。……それとも、裏で怪しげな真似でもしているか?」
視線がカイルへ向けられる。
カイルは表情を崩さず受け止めたが、ミリエルが一歩踏み出しかけた。
「ちょっと! 今の言い方は──」
その瞬間。
「お待ちください、査察官殿」
柔らかな声が横から響いた。
振り返ると、銀糸の縁取りが施された外套を纏う青年が立っていた。鋭い瞳は、どこか知識欲の光を宿している。
袖口に輝くのは《王立研究院》の紋。
「彼らの商品、先ほど街で拝見しました。……非常に興味深い反応を示していたのです」
黒衣の査察官は眉をひそめた。
「研究院の者か。だがこれは商会の場だ。勝手な口出しは許さん」
青年は微笑を崩さず続けた。
「ですが、“規格外に効きすぎる”ものが出回れば、商会も黙ってはいられないでしょう? ならば、学術的に証明して差し上げるのが筋ではありませんか」
フィノが小さく声を弾ませた。
「やっぱり……あの人、見てたんだ!」
ラティナは口元を引き結んだ。
「……商会と研究院。どちらも王都の力を握る者。ここからが本当の駆け引きよ」
カイルは無言で研究院の青年を見返した。
その瞳には、敵意ではなく探究心の色があった。だが同時に、“監視”の影も確かに潜んでいる。
王都の牙城で、最初の対峙が始まった。
《つづく》
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