第28話『新たな販路と不穏な招待』
昼下がりのシェルパ商会、応接室にて。
窓から差し込む陽光が木のテーブルを照らし、テーブルに広げられた紙の地図と手帳に柔らかく影を落としている。
「瓶での販売も良いと思うの。でもね、もーっとみんなに届けるの、どうかな?」
ミリエルが口を開き、満面の笑みを浮かべた。
「酒場とか、ギルドの休憩所とか……飲み物が出る場所に置いてもらうの。手軽に、誰でも飲めるように」
「ほう……」
ラティナが腕を組み、唸るように応じた。
「それってつまり、エールと同じような扱いにするってこと? 大きな樽で仕入れて、ジョッキやカップで提供する感じ?」
「そうそう、それそれ! 瓶売りだとちょっとお高く感じる人でも、グラス一杯なら試しやすいでしょ?」
ミリエルが胸を張って答えると、ラティナも徐々に表情を和らげた。
「面白いじゃない。流通の主導権を貴族から奪っている以上、どうやっても反感は買う。だったら、“売る”んじゃなくて“提供する”に切り替える……視点の転換ね」
「カイルは、どう思う?」
視線を向けられたカイルは、少しの間、腕を組んで黙っていた。
「……俺たちの魔素水は、どうしても『安くて良すぎる』んだ。だからこそ、どれだけ正しくやっていても、目障りに映る連中は出てくる」
先日の一件が、頭をよぎる。
「現状と同じ売り方を続ければ、またどこかで“禁止”されかねない。俺たちの目の届かないところで、勝手にルールを変えられることもあるだろう。……だったら、“違う方法”で届けるのも一つの手かもしれないな」
言いながら、カイルの表情に少しだけ希望の笑みが浮かんでいた。
「技術的には、可能……だと思うよ」
考え込んでいたフィノが、ぽつりと呟いた。
「瓶よりも大きな樽で魔素水を保存するなら、濃度の安定とか管理の手間はむしろ減るかもしれない。問題は温度と振動……でも、そこまで難しくはないと思う」
「おおー! やっぱりフィノは頼りになる!」
ミリエルが嬉しそうに拍手を送ると、フィノはむずがゆそうに顔をそらした。
「む……別に、誉められたくて言ったわけじゃないけど……でも、悪くないアイデア」
ほのぼのとした空気が流れる中、部屋の扉がノックされた。
「入るぞ」
ヴァンスの低い声と共に扉が開き、彼が封筒を一つ手にして現れる。
「どうやら、平和な午後もここまでだな。これが届いた」
封筒には、見覚えのない紋章と、赤い封蝋が施されていた。
「グラディア・アールシュ伯爵家──この街の南東、境界近くの地方貴族だ」
「グラディア……どこかで聞いたような……」
ラティナが封筒の紋章を見つめながら、眉をひそめた。
「そう。たしか、数年前に家督争いがあった家系よ。長男、それに本家の親族が複雑に絡んで……結果、今は幼い妹と、その母親が家を切り盛りしてるって話だったはず」
空気が、一気に緊張に染まる。
「……で、招待内容は?」
カイルが問うと、ヴァンスは封を切って手紙を広げた。
「“至急、お力添え願いたく、当家へお越しいただけますようお願い申し上げます”──そう書かれている。カイル君、宛名は君だ」
「俺……?」
思わず眉をひそめるカイル。その隣で、ラティナが低く呻いた。
「……イヤな予感しかしない」
「でも、行ってみる価値はあるかもしれない」
ミリエルがカイルに目を向ける。
「もし、私たちの魔素水が“必要とされている”なら、無視する理由はないわ。善意か、打算かは置いといて……ね」
静かに、フィノが椅子から立ち上がった。
「私も行く。呪いとか病とか、調べる価値はあるし、それに……」
そこまで言って、彼女はちらりとミリエルとラティナを見た。
「誰かがカイルを狙ってくるなら、ちゃんと私たちで守るべきだと思うから」
その言葉に、二人が目を丸くする。そして、ラティナがくすりと笑いながら。
「へえ、言うようになったじゃない。いいわ、行きましょう」
「はいっ、出発準備、私がしてくるね!」
「ふふ……任せた」
話がまとまると、皆がそれぞれ席を立って動き出す。
カイルはふと窓の外を見た。
空は澄んでいて、旅立ちにはうってつけの天気だった。
(また、何かが変わる予感がする……)
小さく息を吸って、カイルもまた歩き出す。
新たな地、新たな敵、新たな謎──そのすべてが、彼らを待ち受けていた。
《つづく》
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