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第26話『偽りのレッテル』

 ベルダルク中央広場。その一角にある“ミリエル印の魔素水”の屋台を囲むように、重苦しい空気が漂っていた。


 並び立つのは、市場査察官ヘルメスと、その妻マルグリット。そして、少し離れた位置から周囲の市民や商人たちが、固唾を呑んで様子を見守っている。


「これが、その魔素水だ」


 ヘルメスが掲げたのは、昨日と同じ“ミリエル印”のラベルが貼られた瓶だった。だがその魔素水は、微かに濁った色をしており、瓶のフォルムにもわずかな歪みがある。


 ミリエルが一目見て即座に言い放つ。


「それ、私たちが作ったものじゃありません!」


「そう言い張るつもりか。だが、これは市場で実際に販売されていた商品だ。一般市民が“ミリエル印”と信じて手に取ったことに変わりはない」


 ヘルメスはあくまで冷淡に言い放つ。だがその隣で、マルグリットの唇には微かに笑みが浮かんでいた。


「“印”を掲げたからには、責任を取るのが商人の道ではなくて?」


 その言葉に、ラティナが鋭い視線を返す。


「ふざけないで。偽物を流通させた側の責任はどうなるのよ」


「その証拠は? ……まさか、我々がそれを仕掛けたとでも?」


「……っ!」


 マルグリットの揺るぎない笑顔とわざとらしい振る舞いに、ミリエルは悔しさで言葉を詰まらせる。


 そのときだった。


「──ならば、見せてやろう」


 静かに前へ出たカイルが、屋台から別の“本物”の魔素水の瓶を取り出した。そして、手元から取り出した短剣で、瓶の首に巻かれた青いラベルを切り剥がす。


 するすると剥がれたラベルの裏に、淡い光が宿る。


「……これは」


 ヘルメスが眉をひそめる。


 ラベルの裏地に、魔力に反応する特殊な印章が浮かび上がっていた。それは、華美ではないが威厳ある紋章──。


「これは……うちの家紋……?」


 ミリエルが息を呑む。


「そう。フィノと相談して、万一に備えて仕込んでおいた。普通に見ただけでは気づかない。でも、魔力を帯びた人間が触れれば、家紋が浮かび上がるようになってる」


「……まさか、そんな細工を……」


 マルグリットの目に一瞬、狼狽の色が浮かんだ。


 カイルは視線を向ける。


「一方で──あなたたちが持ち込んだ瓶。そちらのラベルは?」


 ヘルメスが渋々、手にしていた瓶のラベルを剥がす。だが、そこには何の反応もなかった。紙の裏は、ただの無地。


「……まさか、こんな証明方法があったとはな」


 ヘルメスが歯噛みするように呟く。


「俺たちは、誰かの命を救うためにこの魔素水を作ってる。偽物をばらまくような卑劣な真似は、絶対にしない」


 カイルの瞳が真っ直ぐに光を宿す。その言葉に、市場の空気がじわりと動いた。


 ──だが。


「とはいえ、一度“疑惑”のついた商品は、そう簡単に信頼を取り戻せないでしょう?」


 マルグリットがなおも続ける。


「この街での評判はもう地に落ちたわ。そんなもの、二束三文で買い取るのが関の山でしょうね」


「むしろ、私たちが()()()()()あげましょうか? 今なら……安く買って“再整備”もしてあげられるわよ?」


 その提案は、取引ではなく()()の提案だった。言葉こそ穏やかでも、その本性は剥き出しだ。


「……っ!!」


 ミリエルが怒りに震える。その横で、ラティナが無言で袖をまくる。


「随分と……舐められたものね。ここで下がったら、名を汚すことになるわ」


 そして、カイルが一歩前へ。


「なら──正義の意味を教えてやる!!」


 カイルが手を掲げると、蒼い光が彼の掌から噴き上がる。精製直後の純粋な魔素の奔流。それが一瞬にして光の球となって凝縮される。


「この力が、誰のためにあるか。教えてあげるわ! 『霞霧(フィーム)』!!」


 同時に、ラティナは鞄から小瓶を投げ空中で破裂させ、霞のような魔法を展開。マルグリットの口元から微かに咳が漏れる。


 そしてミリエルは、その場に膝をついて手を広げる。


「お願い、少しだけ……! 『絡土(ルード)』!」


 ミリエルの掌に宿った魔力が地面に触れた瞬間、植物の根が石畳の隙間から生え広がり、足元をとらえるように絡みついた。


「──っ、こ、こんな……! 庶民が……!?」


 足を取られたヘルメスがよろめく。マルグリットの視線が怒りに染まった瞬間、空気が一変する。


「やめなさいっ!」


 ──声が響いた。


 振り返ると、数人の役人と商人が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「やめてください! あの査察官の判断は一部で異議が出ています!」


「ミリエル印の魔素水、うちの娘を救ってくれたんです!」


 人々が一人、また一人と声を上げ始める。


「昨日のあの子も元気になったって! あれが偽物のはずない!」


 その声に押され、ヘルメスとマルグリットは引きつった笑みを浮かべながら、ゆっくりと退いていった。


「……ふん。今日のところはこれで引こう」


「でも、覚えていなさい。“評判”は一朝一夕では覆らないのよ」


 捨て台詞を残し、二人はその場を後にした。


 やがて、役人が丁寧に頭を下げる。


「……後日、正式な通達を出します。あなた方の商品には問題がないことを、市場として正式に声明を──」


「……ありがとう」


 カイルの声が、柔らかく響いた。


 静かに。だが確かに、“逆転”の兆しが生まれ始めていた。


 《つづく》


お読みいただき、ありがとうございます。

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一緒に作品を育てていただけると嬉しいです。


※最新話は【毎日12時10分】更新予定です。

頑張って書いていきます。【お気に入り登録】していただけると嬉しいです。

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