第24話『火種の匂い』
ベルダルク旧市街の裏手にある、やや寂れた酒場。
薄暗い店内では、粗末なテーブルを囲んだ商人たちが、酒杯片手にざわついていた。
「聞いたか? シェルパ商会、また何か始めたらしいぞ」
「魔素水だろ? なんでも、安くて効くって評判だ」
「ったく、どうやって仕入れてんだか……普通じゃねえぞ、あの値段は」
ざわめきの中心にいた男が、急に黙り込む。その視線の先に、革靴の音を響かせながら一人の男が店に入ってきていた。
長身で、端整な顔立ち。金細工の杖を片手に、青地の貴族服を身に纏っている。場違いなほど上等なその装いに、商人たちは反射的に立ち上がった。
「──査察官様」
店内が、ぴたりと静まり返る。
男は答えず、静かに席についた。その動作だけで、場の空気が張り詰める。
「……ふん。下賤どもが浮かれているようだな」
その一言が、今後の嵐を予感させていた。
◇ ◇ ◇
その頃、街の中心から少し離れた広場では、今日も“ミリエル印の魔素水”の屋台が賑わいを見せていた。
「今日も人が来てくれてる! 嬉しいなぁ!」
ミリエルが満面の笑みで手を振る。その声に応えるように、数人の親子連れが小走りに屋台へ向かってくる。
「昨日の瓶、すごく効いたって! ありがとう!」
「うちのばあちゃん、膝が楽になったって喜んでたよ!」
「そっか、良かった……!」
寄せられる感謝の言葉に、ミリエルは何度もうなずきながら応対する。ラティナも、帳簿に走り書きをしながら微笑んだ。
「需要はあるわ。これなら街の薬局にも卸せるかもね」
「うん、やってみようよ!」
二人が和やかに話す横で、カイルは瓶を補充しながら、少し沈んだ表情をしていた。
そんな様子に気づいたラティナが問いかける。
「……何か気になるの?」
「いや、ちょっと……フィノと話してくるよ」
そう言ってカイルは、人目の少ない裏路地へ歩いていく。
その先には、ひっそりと控えていたフィノの姿。
「……動きがありそうだな」
カイルの言葉に、フィノは小さくうなずいた。
「模造品が出てくるのは時間の問題よ。何か対策を?」
「うん。こういう時こそ、“証明できるもの”が必要だから」
「任せて。細工は得意よ」
カイルとフィノが交わした言葉は短く、だが確かな意志があった。
◇ ◇ ◇
広場に戻ると、屋台の前には新たな人物が現れていた。
貴族の証である金の紋章を胸元に飾り、従者を従えた中年の男。その顔を見た瞬間、ミリエルが息を呑む。
「査察官……!」
ラティナが警戒の眼差しを向ける中、男は一歩ずつ屋台に近づいてきた。
「この屋台。シェルパ商会のものか?」
「はい。販売資格の許可証も、きちんと提出済みです」
ラティナが即座に書類を差し出す。だが、男はそれを一瞥しただけで鼻で笑った。
「書類が揃っていれば、魔素水を売っていいとでも思っているのか?」
「……どういう意味ですか」
ミリエルの表情が強張る。
「この商品、平民向けの価格で出していると聞いた。魔素水は本来、選ばれた者が適切に扱うべきものだ。お前たちのような者が売っていい代物ではない」
「!? そんな理屈、どこにも……っ!」
ミリエルが反論しかけたその時、カイルが一歩前に出た。
「もし疑うなら、一本試してみてください。僕たちの魔素水が、本物かどうか」
「……いいだろう。飲んでやる」
男が手に取った瓶の封を切り、警戒心を隠そうともせず一口含む。
次の瞬間──。
「……なに、これは……!」
男の瞳が見開かれ、指先に淡い蒼光が宿る。彼自身も気づかぬうちに、微弱な魔力が活性化していた。
「本物だと、分かっていただけましたか」
カイルが静かに問いかけると、男はぐっと拳を握りしめる。
「……ふん。だからと言って、違法性が消えるわけではない。お前たちの魔素水、再審査にかけさせてもらう。近日中に、正式な命令が届くだろう」
そう吐き捨てるように言い、男は従者を従えてその場を後にした。
去っていく背中を見送りながら、ラティナが小さく呟く。
「面倒な相手に目をつけられたわね……」
「でも、逃げないよ。これは、誰かの命を助けるための魔素水なんだ」
ミリエルの言葉に、カイルも力強くうなずいた。
まだ火は小さい。けれど確かに、燃え広がろうとしていた。
《つづく》
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