第23話『市場の声』
ベルダルク中心部から少し離れた広場に、簡易的な露店が立ち並んでいた。
その一角。組み立て終わった木製の屋台を飾りつけるラティナとミリエルの横で、カイルが完成したばかりの“ミリエル印の魔素水”を並べていく。
「……よし、これで全部だな」
並べられた瓶は十数本。どれも透き通る蒼い魔素水を湛え、瓶の首には淡いブルーのリボンが巻かれていた。
控えめだが上品な装飾と、手になじむ独特なフォルムは、遠目からでも目を引く。
「可愛い……! うん、やっぱりこの形、正解だったよ!」
ミリエルが瓶を手に取り、誇らしげに微笑む。
「視認性も良い。棚の中でも埋もれない。実際に並べてみるとわかるわね」
ラティナは商人としての目で陳列を確認し、頷いた。
「それに、今日は“試飲販売”でしょ? 呼び込み、私に任せて!」
ミリエルが意気込んで立ち上がると、カイルとラティナが顔を見合わせて小さく笑った。
「……じゃあ、頼むよ。声出すの、ちょっと苦手で」
「あたしも仕入れ専門だから、できれば控えたいわね。騒がしいのは……性に合わない」
「二人ともーっ! そこは笑って付き合ってよ〜!」
ミリエルが頬を膨らませるが、すぐにくるりと広場へ向き直り、声を張り上げた。
「はーい、こっちは新登場の魔素水ですよー! “ミリエル印”、数量限定で試飲もできますっ!」
その愛嬌のある声と、可愛らしい瓶の見た目が相まって、少しずつ人が集まり始めた。
「魔素水だって?」
「でも、こんなとこで売ってるやつって……大丈夫なのか?」
「試飲……? タダで?」
人々の視線が集まり、ざわめきが起こる。その中に、病弱そうな少女を連れた母親の姿があった。
少女はまだ七つか八つほど。顔色は青白く、足元もおぼつかない。
母親の手にしがみついていたが、蒼い光を湛えた瓶に、ふと興味を示したように目を向けた。
「……ねえ、飲んでも……いいの?」
少女のか細い声に、ミリエルが優しく微笑む。
「もちろん。無理に買わなくていいから、試してみて!」
ミリエルが笑顔で差し出した小皿に、蒼い魔素水が注がれる。
母親は戸惑いながらも娘の背を支え、少女はおそるおそる、蒼い液体に口をつけた。
——次の瞬間だった。
「……あっ……!」
少女の目が大きく見開かれた。
蒼い光が、ほのかに体から滲み出すように揺らめいたかと思うと、少女の頬に血の気が戻り、膝がしっかりと伸びた。
「なんだか……体が、軽い……っ」
少女は、まるで夢から覚めたように両手を広げ、小さく跳ねてみせた。
その小さな動きに、周囲の空気が一気に変わる。
「本当に効いたのか……?」
「ちょっと飲ませてみろ!」
「俺も、頼む!」
気づけば露店の前には列ができ始めていた。
カイルとラティナも慌てて補助に回り、フィノは少し離れた場所で、その様子を静かに見守っていた。
一方、少女の母親は——。
「……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……っ!」
彼女は娘を抱きしめながら、泣きそうな声でカイルたちに頭を下げた。
「この子、生まれつき体が弱くて……ずっと、魔素水も薬も高すぎて買えなかったんです。でも……でも、こんなにも元気に……」
「そんな、頭を上げてください。こちらこそ、飲んでもらえて嬉しいです」
カイルがゆっくりと声をかけると、ミリエルも続けて少女ににっこりと笑った。
「この魔素水は、誰かのために使ってほしくて作ったんだ。だから、嬉しいな……ありがとう」
母親は何度も何度も頭を下げ、少女は蒼いリボンのついた瓶を、大切そうに両手で抱えていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……ありがとうっ!」
その無垢な笑顔が、魔素水よりもまばゆく光って見えた。
◇ ◇ ◇
「……ふふ。想像以上の反応ね」
「驚いたか? 人の力ってやつに」
離れて様子を見守るフィンに声をかけたのはカイルだった。
試飲用の空になった小瓶を抱えたまま、肩を並べて立つ。
「これが、“魔素水を誰にでも届けたい”ってミリエルの願いの、最初の一歩だよ」
「本当に……眩しい人たちね、あなたたちって」
フィノはどこか呆れたように笑ってみせた。
「私のやってきた研究は、魔法の価値を証明するためのものだった。……でも今は、誰かのために動いている」
「それって、すごく大きな変化だよ」
「ええ。魔法が“人を助ける”って、当たり前のことを……私はずっと、忘れてたのかもしれない」
カイルはその横顔を見ながら、ふっと目を細めた。
「だったら、これからも一緒にやっていこう。君の知識は、世界を変える力になる」
「……うん。ありがと」
フィノの声は小さく、けれど確かな意思を宿していた。
その向こうでは——。
「ありがとうございましたーっ! 次の方どうぞーっ!」
ミリエルの声が、また一段と元気よく響く。
ラティナが横で売上を記録しながら、小さく呟いた。
「ミリエル印、初日としては……上出来ね。下手すれば、いきなり貴族に目をつけられるくらい」
「ふふ、目立つのは慣れてるよーっ!」
ミリエルが笑う。その姿は、まさに希望を売る商人のようだった。
誰かのために、魔素を届ける。
それは、カイルにとっても一つの“救い”であり、決意の証でもあった。
小さな瓶に込められた、大きな想い。
それが、静かに——確かに、人々の暮らしに染み込んでいこうとしていた。
《つづく》
お読みいただき、ありがとうございます。
【今後に期待!】と感じていただけましたら、
ブックマークやリアクションをいただけますと今後の執筆の励みになります。
一緒に作品を育てていただけると嬉しいです。
※最新話は【毎日12時10分】更新予定です。
頑張って書いていきます。【お気に入り登録】していただけると嬉しいです。




