番外編④『歯車の音が、止まらない』(レオン視点)
──足りない。
焚き火の前で、レオン・エルヴァンは魔素水の瓶を傾けた。
淡く光る液体が喉を滑り落ちると、ようやく息がつける。だが、心の中の焦燥は収まらない。
「レオン様、それ……今日、もう四本目です。飲みすぎでは?」
マリーナが心配そうに声をかけた。金茶の巻き毛に、ややきつめの目元。
もとは貴族の護衛騎士だったが、今は“回復魔法が少し使えるから”という理由でレオンに拾われた新米だ。
「構わない。魔力は使えば減る。補うのが当然だろう」
レオンの言葉に、彼女は返す言葉を失ったように口を閉じた。
隣では、サイラスが無言で剣の手入れをしている。
黒髪短髪の男。貴族の伝手でレオンのパーティーに加入した。戦士としての技量はそこそこだが、思考は単純。話し相手には向かない。
(……やはり、違う)
レオンは、カイルとセリーヌの姿を思い出す。
カイルは常に状況を把握し、誰よりも冷静だった。
セリーヌは穏やかで、時にレオンの苛立ちを和らげる潤滑油だった。
だが今のパーティに、そうした“歯車”はない。皆、レオンの指示を待つだけ。彼を補う存在はいない。
そして、唯一残った古株——ガルド。
武骨な剣士は、焚き火の向こうで無言のまま石を削っていた。
以前ほどレオンに忠実というわけではない。ただ“ついてきている”だけだ。
「……そういや、魔素水の備蓄、大丈夫なのか?」
ガルドがぼそりと呟く。
「補充は終わってる。次の街でまた受け取れる」
レオンは短く答えた。
貴族家に生まれた彼には、領地経由で魔素水が供給されてくる。
用途を報告する必要もない、特別な流通ルートだ。
「いい身分だな……普通は一瓶が何ヶ月分だぞ」
「お前は黙っていればいい」
レオンの声が刺々しくなる。
内心、わかっている。自分の魔素水の消費は異常だ。
(使わなければ、また置いていかれる気がして)
魔法の威力、速度、演出。
すべてで“最強”を示さなければ、またあの目で見られる——あの、憐れむような、カイルの目で。
「……クソが」
空になった瓶を握りつぶし、レオンは立ち上がった。
力を誇示するように炎に魔力を流し、焚き火を一瞬で倍に膨らませる。
「うわっ……!」
サイラスとマリーナが後ずさる。その表情には驚きと、ほんの少しの恐れがあった。
「……次の討伐では、二人とも前に出ろ。足手まといになるな」
無理だとわかっている。
だが、命令を下さなければ、チームは動かない。
レオンの中にあった“パーティ”という概念は、すでに音を立てて崩れていた。
(これでいい。必要なのは、俺の力だけだ)
けれど、心の奥にこびりついたあの声が、時折、ささやく。
『君は“もういらない”から』
あれは、カイルの幻影か。 それとも、自分自身の本音だったのか——。
「レオン様、魔素水、そろそろ……抑えた方が」
「うるさい!」
怒鳴った瞬間、マリーナがビクッと肩をすくめた。
沈黙が場を支配する。誰も、レオンを咎めようとはしない。
ただ、その場の空気が、冷たく沈んでいくだけだった。
《つづく》
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