第22話『瓶に込めた願い』
シェルバ商会の工房棟。
午前の陽光が差し込む一角に、ラティナとミリエルの姿があった。
「もう少し、くびれを増やした方が持ちやすいかも……」
「それは良いけど、重心がズレると運びにくくならない?」
「じゃあ、へこみの位置をちょっと下に……そうそう、そんな感じ!」
二人が設計台に向かい合い、瓶の試作品を前にああでもないこうでもないと議論を交わしていた。
既に幾つかのガラス瓶が並び、それぞれに異なる形状が施されている。
「細くて、ところどころにへこみ……。見た目も可愛くて、子どもでも持ちやすい。あたし、これが一番好き!」
「ブランド化を考えるなら、見た目の統一感も大事よね。“ミリエル印”を意識するなら、色や模様も固定した方がいいかも」
「色かぁ……あ、蒼いリボンとか巻くのはどうかな?」
「うん、それ、コストも安いし効果的だわ」
そんなふたりの会話に、トントン、と控えめなノックが響く。
工房の扉が開かれ、カイルが姿を見せた。
「ただいま。……フィノを連れてきたよ」
その言葉と同時に、カイルの後ろから小柄な少女が顔を覗かせた。
「こんにちは。フィノ・クレストです。書庫の管理人で、魔法理論研究オタクです」
独特な自己紹介に、ミリエルが目を丸くする。
「わ、わたしはミリエル・セリフィア! こっちは——」
「ラティナ・ヴェルローゼよ。……まさか、本当に来るとは思ってなかったけど」
警戒半分、好奇心半分の眼差しを向けるラティナに、フィノは小さく会釈した。
「こちらのふたりが、瓶の設計を進めてくれたんだ」
「ふうん……見せて。……へえ、意外と考えられてる。握りやすさと美観の両立、魔法処理にも耐えそうな設計ね」
「ほんと!? やったぁ!」
「ただし、製造段階での温度収縮対策と、安定化処理との干渉領域だけは要注意。寸法、あと三ミリ下げて」
「……さ、三ミリ!? そんな細かいことまで……」
「理論を詰めるって、そういうことよ」
さらりと告げるフィノに、ミリエルもラティナも少し口をぽかんと開ける。
だがその空気を変えたのは、カイルだった。
「じゃあ、さっそくやってみようか。瓶はある?」
「うん! こっちにあるよ!」
ミリエルが棚から試作品を数本取り出し、作業台に並べる。
カイルはひとつ手に取り、いつものように掌をかざした。
蒼い光が瓶の中に注がれ、ゆっくりと魔素水が満たされていく。
それを見たフィノが、すかさず指先で魔法陣を描き始める。
「『固定術式・式一号』。——行くわよ」
彼女が小声で詠唱すると、瓶の表面に薄く光の紋様が浮かび上がる。
そして——ピタリ、と魔素水が静止した。
「……うわぁ、ほんとに止まった……」
ミリエルが感嘆の声を上げ、ラティナも小さく目を見張る。
「このまま運搬・保存が可能。試作段階としては十分ね」
フィノが得意げに胸を張ったその時、ふとミリエルが言った。
「そうだ! せっかくだから、なんか魔法、見せてよ!」
「え?」
「見たい! フィノの魔法! さっきの固定術式、すっごくかっこよかったし!」
「ふふ……そう言われたら、応えないとね」
フィノはくるりと身を翻し、工房の中央へ歩み出る。
懐から取り出した魔導書を広げ、淡く微笑んだ。
「では、変わり種のひとつを。——『衣服再構築』」
ぱっと魔法陣がミリエルとラティナの足元に展開されると、空気が震える。
次の瞬間、二人の服装の一部が、ふわりとした布地に包まれ、つややかに変化していく。
「えっ、えええ!? わ、わたしのスカート、可愛くなってない!?」
「こっちは……袖口の刺繍が増えてる!? なにこれ!」
「服の素材をそのまま使って、構造だけを再設計したの。人体には一切影響しないから安心して」
「すごい……! これが“変わり種”の魔法……!」
ミリエルがくるくると回って、変化したスカートを確かめている。
ラティナも袖をつまみながら、小さく感心の息を漏らしていた。
カイルはそれを見て、思わず笑みをこぼす。
「みんな、楽しそうだな……」
「魔法って本来、そうあるべきだと思うの。生活を豊かにしたり、驚きをくれたり」
フィノの言葉に、カイルは深く頷いた。
「じゃあ、改めてだね」
彼は安定化された瓶を手に取り、皆に見せた。
「《ミリエル印》の魔素水、完成だ」
その瞬間、工房の空気がふわりと温かくなった。
願いを込めた魔素水が、ようやく形になったのだ。
《つづく》
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