第21話『魔法オタクの条件』
書庫の奥に案内されたカイルは、フィノの“研究室”と呼ばれる一室に通された。
部屋の中央には、大小様々な瓶や器具、無数の羊皮紙が山のように積み上げられている。壁際には本がびっしりと並び、床の中心には大きな魔法陣が展開していた。
「まるで魔法の実験室みたいだ……」
「実験室というより、魔法的知見の保管庫よ。動く図書館とも言えるわね」
フィノは足取り軽く、積まれた本の山をすいすいと飛び越えるようにして机の前に立つ。
「で、さっきの魔素水——それ、もう一度作ってもらえる?」
「分かった。どれくらい?」
「試験用だから、三瓶分で」
カイルが軽く頷き、掌をかざす。再び淡い光が溢れ、蒼い液体が静かに形成されていく。
フィノは目を輝かせてその様子を見つめ、魔素水が瓶に注がれると同時に、すぐさま机に取りかかった。
「ふむ……なるほど、生成直後の粒子は非常に安定している。けれど、それが逆に外部干渉に弱いのね。これは“封じる”というより、“包む”構造にした方が……」
ぶつぶつと呟きながら、魔力を練り、机上に転がる薄い石版に魔法陣を書き込んでいく。
「……ずっとこの場所で、そんなふうに研究してたのか?」
ふとカイルが問いかけると、フィノは手を動かしたまま答えた。
「ええ。ここの本はすべて、旧王家が集めたもの。禁術に近い理論書や、失伝魔法の断片もある。今は誰も見向きもしないけれど、私にとっては宝の山よ」
「なのに、実践できなかったんだな……魔素がなかったから」
「そう。私は“知識の器”でしかなかった。中身を注がれない限り、動き出すことすらできなかったの。でも、あなたは違う。あなた自身が、“注ぎ口”になってる」
「それって、褒められてるのか?」
「ええ、最大級に。変人認定の意味も込めて」
フィノがふっと笑った。 カイルは苦笑を返しながら、その手元を見つめる。
魔法陣が完成したようだ。フィノは魔素水の瓶に指をかざし、静かに魔力を流し込んだ。
「『固定術式・式一号』」
青白い光が瓶の表面を包み、細やかな魔法陣が浮かび上がる。瓶の中の魔素水が微かに波立ち、やがて静かに落ち着いた。
「……成功?」
「ええ。この術式なら、持ち運びと常温保存に耐えられるわ。ただし——あくまで試作」
「十分だよ。ラティナやミリエルが瓶の形を考えてる。そこにこの安定化処理を加えれば……」
「流通に乗せられる。現実味が出てきたわね」
ふたりの間に、静かな達成感が流れた。
だが、フィノはすぐに立ち上がり、次の瓶を手に取った。
「さあ、次は耐圧試験よ。もっと濃度を高めた場合、どうなるかも見てみたいわ」
「おいおい、もう少し感動してもいいんじゃないか?」
「後でまとめてやるわよ。それより、私は今、魔法が動いている瞬間を逃したくないの。感動は後回し。いいから次、作って!」
「……はいはい、了解」
カイルが再び掌を掲げ、魔素水を生成する。
その光景を、フィノはまるで子どものような目で見つめていた。
「……君って、本当に魔法が好きなんだな」
「ええ。魔法というものは、“人の想像力”と“知識”が織りなす奇跡。私はそれを信じてる」
カイルはその言葉を、黙って胸に刻んだ。
──フィノ・クレスト。
この世界に、魔法という概念を心から愛している人間がいる。
カイルはそんな彼女の背中を、少しだけ眩しく感じていた。
「それで、君は……ずっとこの書庫に?」
「当面はね。ここが私の居場所。……でも、出てもいいかなって、今は少し思ってる」
「なんで?」
「だって、私の知識が役に立ったんでしょう? ……初めてなのよ。誰かの未来に、私の“頭の中”が使われたの」
カイルは、そっと微笑んだ。
「だったら、ぜひ今後も手伝ってほしい。魔素水の流通、君の力が必要だよ」
「……その言葉、ちゃんと記録しておくから。あとで『言ったわよね?』って使うからね」
「お手柔らかに頼むよ、先生」
フィノはくすりと笑い、再び試験器具に向き直った。
「よし。これで初期型の安定化処理は完成。明日にはあなたの仲間に会いに行けるわね」
「ふたりとも楽しみにしてると思うよ。きっと、フィノの魔法に驚く」
「ふふ、それなら少しサービスしてあげようかしら。“変わり種”らしく、ちょっと派手なやつで」
フィノ・クレスト。
知識の中に生きていた少女は、今、現実を動かす魔法を手に入れた。
その小さな一歩が、やがて世界を変えていくことになるとは——。
このときのカイルは、まだ知らなかった。
《つづく》
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