第18話『瓶という壁』
シェルバ商会の応接室。
大理石のテーブルには魔素水が入った瓶が並べられ、光を受けて微かにきらめいていた。
「まさか、本当に魔素水を生み出す人間がいるとはな……」
ヴァンスが驚嘆の声を漏らす。カイルが目の前で生み出した魔素水を、信じ難そうに見つめていた。
「正直、この目で見るまでは半信半疑だった。魔素にまつわるインチキ話なんて腐るほど聞いてきたからな」
「そう思うのも当然だ。俺だって、こんな力を持ったのはごく最近なんだ」
カイルが淡々と答えると、ラティナがすかさずフォローを入れる。
「でも事実として、彼はこの場で本物の魔素水を生成してみせた。しかも、量も質も市場品を凌駕しているわ」
ミリエルは得意げに胸を張った。
「だからね、ヴァンスさん。お願いがあるの。私たちが作るこの魔素水を——もっと広く、みんなに届けたいの!」
「“みんなに”か」
ヴァンスが眉をひそめる。
「つまり、大衆向けに流通させたいということだな。貴族や富裕層に限らず」
「その通りよ! 貧しい人たちにも、魔法の希望を届けたいの!」
その真剣な瞳を見て、ヴァンスはふう、とひと息ついた。
「気持ちは分かる。だが、現実は甘くない。カイル君の魔素水には——致命的な問題がある」
「……え?」
カイルが思わず息を呑んだ。
「問題……って、まさか副作用とか、そういう話じゃ……?」
「違う」
ヴァンスは首を横に振り、一本の瓶を指さす。
「“瓶”だ」
「……び、瓶?」
「そう、“瓶”が問題なんだ」
一同の視線が瓶に集まる。
見慣れた魔素水の瓶。どこにでもある、透明なガラス製のそれ。だが、ヴァンスの声には妙な重みがあった。
「カイル君の魔素水は、強すぎる。精製したままの状態では、一般的な瓶では保管・流通に耐えられない。すぐに劣化するか、最悪——瓶ごと爆ぜる」
「は、爆ぜる……?」
ミリエルの顔が引きつる。
「今の市場で流通している魔素水のほとんどには、専用の“安定化魔法”が施されている。瓶そのものにも、魔力の揺らぎに耐える加工がされているんだ」
「じゃあ、俺が作ったやつは……」
「瓶の中で暴れる。だから、まずは“入れ物”をなんとかしなければならない」
「……あ、グレイツァで商人たちにあげちゃったよね……?」
ミリエルが心配そうに尋ねる。
「あれは“流通している瓶”に入れたから、大丈夫なんじゃない?」
「そっか……、良かった!」
ラティナの見解に、ミリエルも安堵の表情に変わる。続けて、ラティナがぽつりと呟いた。
「……ともかく、カイルの魔素水にとっての“体”が必要ってことね」
「そうだ。瓶は、この商品にとっての“体”そのもの。丈夫で、扱いやすいことが最低限。それに、流通にのせる以上は、手に取りたくなる見た目が求められる。見た目を軽視すれば、棚の上で見向きもされずに終わるからな」
「りゅ、流通させるって、難しいのね……」
ミリエルが困惑していると、ヴァンスは目を細めてラティナを見る。
「……ふっ、必要なものが何かは、商人ならわかるだろう?」
「素材と加工技術の確保。それにブランド化するにあたり、手始めにデザインね」
「流石だ。普通の商品なら申し分ない。ただ、今回扱うのは魔素水だ。だから——“安定化魔法”が必要だ」
「安定化魔法──?」
カイルが息を呑む。
「……その魔法は、俺にはわからない。使ったこともないし、イメージすら湧かない」
「えっ!? カイルも知らないなんて……!」
「無理もない。これはごく限られた専門職の技術だからな。だが、俺の知り合いに……ひとりだけ、詳しいやつがいる」
ヴァンスが懐から一枚の羊皮紙を取り出し、カイルに差し出す。
「この書庫に行け。そこにいる“管理人”が詳しいはずだ。ただ、少々——クセが強い」
「クセが強いって……」
「まぁ、会えば分かる。ミリエル嬢たちは瓶のデザインを進めてくれ。素材と技術者は俺たち商会で何とかしよう。カイル君、君はその書庫に行って、安定化魔法の手がかりを探してきてくれないか?」
頷くカイル。その視線は真剣だった。
「わかった。……俺、やってみるよ」
そう言って立ち上がるカイルを、ミリエルが見送る。
「気をつけてね、カイル。変な人だったら逃げるんだから!」
「……変な人から逃げていたら、皆とこうして会ってないけどいいのか?」
カイルの真面目な疑問を持ったような表情に、部屋には大きな笑いが生まれた。
しかし、カイルはまだ知らなかった。 その“クセの強い”相手が、自分の常識を覆す存在だということを——!
《つづく》
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