番外編③『ガルド・ドレーグという男』(ガルド視点)
「強い奴に従っときゃ、間違いねぇんだよ」
それが、ガルド・ドレーグの人生哲学だった。
上級貴族の分家に生まれ、幼い頃から「本家の邪魔になるな」「嫡男ではないのだから、立場をわきまえろ」と言われ続けてきた。
貴族であることに変わりはないが、権力も家督も、はなから自分には無縁だった。
唯一与えられたのが、その図体と力任せの戦闘技術だ。
だからガルドは考えるのをやめた。そして、従うことを覚えた。
「……俺が考えても仕方ねぇ。上のやつの言う通りにしてりゃ、間違いねぇからな」
レオン・エルヴァン。
初めて会った時から、ガルドは彼のことを“従うべき強者”だと認識した。
五大貴族の一角・エルヴァン家の嫡男であり、貴族のなかでも並外れた戦闘センス・魔法の才覚を持ち合わせる。そして何より“自信”──。
己が持ち合わせない要素を、すべて持っている男だった。
レオンの命令に従えば、己の力を使う理由も、迷う必要もなかった。
だから、命じられたときも迷いはなかった。
──カイルを置いていけ。
ガルドはそれを「戦略的判断」だと解釈した。
命令だから従っただけ。
カイルは元々、孤児の出身。身分の低い、貴族のサポート要員。下働き。
図々しくパーティーに指示を出すこともあった。
生意気にも指示は間違ったものではなかったが、良い気分ではなかった。
……けれど。
(あのときの目、なんだったんだ……)
ダンジョンの深部、魔物と対峙したなか、カイルの背中にレオンの剣が突き刺さる瞬間。
あのとき、カイルは何か言いたげだった。
助けを求めたわけでもない。
怒りでも、憎しみでもなかった。
ただ……冷めた目で、こちらを見ていた。
『……お前も、そうか』
そう言われたような気がした。
「チッ……思い出すだけ、気分が悪ィ」
ガルドは拳を壁にぶつける。
軽くひびが入った木の壁を見て、ふうっと息を吐く。
「俺が悪いわけじゃねぇ。レオンの命令だ。判断したのは、あの人だ。俺は、言われた通りに動いただけなんだからよ……」
そうだ。カイルが死んだのは、仕方のないことだった。
あの場で一人を犠牲にしなきゃ、全滅してた。
レオンの判断は正しかったし、俺もそれに従った。
「だから、あんな目で見られる筋合いなんて──ねぇんだよ……!」
自分でも気づかないまま、声が震えていた。
数ヶ月が経った今でも、ふとした瞬間にあの目が脳裏に浮かぶ。
戦場で剣を振るっているとき。
酒をあおって酔いが回った夜。
誰もいない訓練場の片隅。
『……お前も、そうか』
無言で責めるその視線が、なぜか消えない。
(なんなんだよ……あれは。あいつは……何なんだよ)
ただの下働きだったはずだ。
たかが平民のはずだ。
力だって、俺の方が強かった。
あいつの判断が何度か役立った? そんなのたまたまだ。
どうせ、レオンの補助をしてただけ。
そもそも、もう死んだんだ。あのとき、確実に死んだ。
あのまま、誰にも知られずに終わったはずだ。
「……それでいい。終わったことだ。忘れろ」
呟く声が、自分でも情けなく響いた。
ガルド・ドレーグ。
筋肉と剣技だけで自分の価値を作ろうとした、思考停止の凡人。
そして、自分の手を汚したことを、自分では認められない弱者。
彼はまだ知らない。
置き去りにした“下働き”が、今や、魔素を生み出す異能の存在として蘇っていることを。
彼はまだ知らない。
その罪が、やがて自分自身を追い詰める日が来ることを。
「はっ……あいつの目、もう見ることはねぇしな」
そう吐き捨てて笑った背中が、どこまでも哀しかった。
《つづく》
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