第2話『“命”が燃える音』
──暗い。
けれど、闇ではない。目を閉じた時のような静けさでもなく、どこまでも深く、果てがない。
カイルは、何もない空間に浮かんでいた。
痛みはあった。胸の奥、心臓があったはずの場所が、焼けるように熱い。
だが、それよりも先に感じたのは、生命の脈動だった。
──自分は……生きている?
確かに殺された。レオンの剣が胸を貫き、冷たい石床に倒れた。死の感覚は、夢でも幻でもない。
それでも今、確かに自分の“中”で、何かが動いていた。規則的に、淡々と、心臓のように──。
──カコン。
小さな、澄んだ音が響いた。耳ではなく、脳の奥に直接届くような、不思議な感覚。
『動いたか、なるほど。君の器は……想像以上だな』
“声”が聞こえた。だが、感情が読めない。老いたようでもあり、若々しくもある。不明瞭な知性が、その言葉の奥に潜んでいる。
「……誰だ?」
答えはない。代わりに、映像のようなものが脳裏に流れ込んでくる。
無数の星々が螺旋を描き、巨大な塔が崩れ、光の海が燃え尽きる──それは遥かな時の果て、幻のような記憶。
──わからない。でも、確かに“知”が流れ込んできている。
カイルの胸の中、魔素の結晶=核が脈動していた。
生命力と結晶が、反応し合っている。
普通の人間が摂取すれば、体を壊すほどの純度。だが、今のカイルの体はそれを取り込みもせず、吐き出すこともせず──融合していた。
あらゆる魔法の源、魔素。その“燃料”が、カイルの中で生まれている。止まることなく、静かに湧き続けている。
『さあ、目覚めよ。君の運命は、もはや彼らと並ぶものではない』
心が、熱に包まれた。
苦しくはなかった。むしろ懐かしいような、心地よい温もり。
それは、孤児院の暖炉の前で、みんなで眠った夜を思い出させた。
──カァン!
意識の中で、何かが砕ける音。
その瞬間、視界が広がった。
視界いっぱいに、石の天井。鼻腔を刺す血と土の匂い。
カイルは、現実の世界に戻っていた。
「……ッ、ハァッ、ハァッ……!」
肩が上下する。全身が汗に濡れ、心臓のあたりはまだ焼けるように熱い。
だが、確かに“生きている”。
ゆっくりと手を伸ばすと、胸の中心に、確かな脈動を感じた。鼓動ではない。魔素が生まれる、“核”の拍動だ。
──自分の中から、魔素が湧き出ている。
それは、世界の常識を覆す感覚だった。
魔素は、体外から摂取するもの。それがこの世界の絶対法則であり、身分の象徴でもある。
カイルの中で、それが裏返った。
「……これが……魔素? いや、違う……」
カイルは呟く。
「俺の中から湧き上がっている──」
再び手のひらを見る。意識すれば、指先にわずかに光が集まり、風が渦を巻くようにまとわりつく。
魔素の“流れ”が見える。感じる。操作できる。
これまで、魔法を使うには液体を飲んで、数分のチャージを要した。だが今は違う。
意思だけで魔素が回る。考えるより先に、力が応える。
「化け物に、なったのか……俺は」
呟く声に、悔しさも、誇りもない。ただ、静かな覚悟があった。
──なら、使い道はある。
まだ、終わっていない。
裏切られ、殺され、捨てられた命。だが今は、違う。
湧き出す魔素を武器に、もう一度、自分の足で立つ。
カイルは、ゆっくりと立ち上がった。
死を越えて、命が燃え始める。
《つづく》
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