第13話『資格の壁』
翌朝。三人は、魔素水を販売するために必要な「販売資格」の手続きをするべく、グレイツァ中央区にある行政庁舎を訪れていた。
装飾の少ない石造りの建物は、街の喧騒とは一線を画す静けさに包まれている。庁舎内では事務官らしき人々が整然と歩き、机には魔法式の管理帳が積まれていた。
「ふうん……これが貴族のお役所、ってわけね」
ラティナが周囲を見渡しながら呟く。彼女の声には緊張というより、どこか挑むような空気があった。
ミリエルは少し硬い表情で背筋を伸ばし、カイルはいつも通り、無頓着なようでいて全体を観察しているような目つきをしている。
受付に立つと、無表情な中年の男性事務官が三人を見下ろすようにして尋ねてきた。
「用件は?」
「魔素水の販売資格を取得したいのですが」
ラティナが礼儀正しく頭を下げながら答えると、事務官はあからさまに怪訝そうな表情を浮かべた。
「ふむ……商人か。それにしては随分と……その、簡素な格好だな」
目線がカイルとミリエルへと向けられる。
「しかも、使用人を連れてきたのか?」
「いえ、彼らは──」
ラティナが否定しようとした瞬間、事務官が書類をバサッと机上に撒いた。
「申し訳ないが、魔素に関わる資格は“信用”が第一だ。特に、貴族領内で販売するなら、それ相応の保証が必要になる」
まるで“帰れ”と言わんばかりの態度だった。
カイルはその場で表情を変えず、ただ一言ぼそりと呟いた。
「保証……って、つまり金か」
その声には、静かながら芯のある怒りが滲んでいた。
ミリエルも、悔しそうに唇を噛みしめていた。庁舎の高い天井が、彼女の吐く息をさらに冷たくさせていくようだった。
「制度上は公平を謳っていても、結局のところ、金と地位がなければ話にもならない……そういうことなのね」
ラティナが肩をすくめるようにして振り返る。
「くっ……仕方ないわ。一度引き上げましょう。別の方法を──」
「……なあ、ミリエルじゃダメなのか?」
カイルのその一言に、二人の視線が一斉に集まった。
「ミリエル、貴族でしょ? それって、こういうときに使えるんじゃないのか?」
「えっ、ミリエルが……?」
ラティナが一瞬きょとんとしたあと、目を丸くする。
「うそ、貴族だったの? 全然そんな感じしなかったけど……!」
「う、うん。まあ、一応、ね。今はほとんど落ちぶれてるけど……」
ミリエルは困ったように笑いながら、そっと胸元のペンダントを開いて見せた。小ぶりな紋章入りの装飾品。それは確かに、貴族の証であった。
ラティナは目を瞬かせたあと、すぐに腰に下げていた手帳を開いた。ページを素早くめくり、資格関連の条項を確認する。
「……あった。“地方貴族の監督・責任のもとに販売される製品については、条件付きで資格免除とする”って」
「つまり、“ミリエル印”の魔素水として届ければ、販売できるってこと?」
「ええ、そういうことになるわ」
ラティナが書類を掲げて、二人に向かって笑いかける。
「……なんだか複雑だな」
カイルがぼやいた。無償で配れば信用されず、売ろうとすれば身分の壁が立ちはだかる。救いたい気持ちだけでは乗り越えられない現実。
「でも、利用できるものは利用するべきよ。あなたの魔素水を一人でも多くの人に届けるためには」
ラティナの声は、いつになく真剣だった。彼女なりに、現実の厳しさと理想の狭間で葛藤しているのだろう。
「うん……私の名前が誰かの役に立つなら、使ってもらいたい」
ミリエルは少しうつむきながら、それでも静かに頷いた。
「ありがとな。ミリエル」
カイルがそう言うと、ミリエルは小さく笑みを返した。
「うふふ。礼を言われるほどのことじゃないよ。……本当は、ちょっと誇らしいかも」
ラティナが肩を揺らして笑う。
「やっぱりあんた、ただの元気な子じゃなかったのね。これはもう、正式に“お嬢様”と呼ぶべきかしら?」
「や、やめてよー! 恥ずかしい!」
三人の笑い声が、冷たい庁舎の空気を少しだけ和らげた。
こうして、《ミリエル印の魔素水》が誕生した。
それは後に、この世界で“奇跡の水”と呼ばれ、人々の間で語り継がれていくことになる。
《つづく》
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