第12話『売るという選択』
宿の一室。簡素ながら清潔感のある木製のテーブルの上には、三本の魔素水の瓶が置かれていた。
どれもカイルが作り出したものだ。
陽の傾きかけた窓から差し込む光に照らされ、瓶の中の青い液体がほのかに輝いている。
カイル、ミリエル、ラティナの三人は、それぞれ椅子に腰かけていた。どこか神妙な雰囲気のなか、ミリエルが静かに口を開いた。
「ねえ……やっぱり、思うんだ」
視線はテーブルの瓶へ。そして、その先にいるカイルへ。
「あなたの作るこの魔素水を、もっとたくさんの人に届けられたらって」
ミリエルの言葉には、どこか切実な響きがあった。
「広場で見たでしょう? 怪我人や、病気なのに治療を受けられない人たち。薬も魔素も、高すぎて買えない人がいっぱいいるのよ。……それって、おかしいよね」
カイルは黙って頷く。あの光景は、目を背けようのない現実だった。
「魔法って、人を助ける力なのに……使える人が限られてる。なら、せめてカイルの魔素水で、みんなの命を救えたらって思うの」
ミリエルの想いが伝わったのか、ラティナも小さく息をついて言った。
「その気持ちはよく分かるわ。私だって、広場で何度も無力感を味わった。けど──」
彼女は魔素水の瓶を指先で軽く叩くようにして言葉を継ぐ。
「こういうものはね、ただ配ればいいってものじゃないの。“無償”のものには、必ず“疑い”がつきまとうわ。『本当に効くのか?』って」
「でも、実際に効果はあるわけでしょ?」
「もちろん。あなたたちが一人ずつ説明して配るぶんには問題ないかもしれない。だけどそんな規模の話じゃないんでしょ? “効果があるモノ”って信じてもらうためには、“それなりの手順”が必要なのよ」
ラティナの視線が、カイルに向けられる。
「あなたの魔素水は、本物。それは間違いない。でも、だからこそ丁寧に扱わないといけない。そうじゃないと、この力は世の中に届かない」
ミリエルは目を丸くしながらも、ゆっくり頷いた。
「……そうか。届けたいなら、“ちゃんと売る”必要があるんだね」
「ええ。“売る”のは、悪いことじゃない。むしろ、価値を広めるために必要な行為よ」
視線を受け止めながら、カイルが口を開く。
「俺は……別に、売ることには反対じゃない。けど、正直どこまで量産できるか、わからないんだ。限界はあると思う」
「だったら、それを調べてみましょう!」
ミリエルが身を乗り出す。
「精製にかかる時間や、回数の限界。あと、一応質も調べておきたいわね」
と、ラティナも続けた。
カイルは頷き、テーブルに並べた空き瓶をいくつか手に取った。深く呼吸を整え、掌をかざす。
体内の中心、胸の奥──そこに渦巻く“魔素”を意識して集める。指先に集中する熱と光。魔素が凝縮され、やがて青白い液体として現れ、瓶の中へと滴り落ちる。
一瓶目、完成。
再び呼吸を整え、二瓶目──三瓶目──。
「くっ……」
五瓶目の精製を終えたところで、カイルの額にじわりと汗が滲んだ。
「これで……五本。連続でやると、さすがに疲れるな。三十秒で一本。でも、持続は難しい」
「なるほどね。魔素がネックになるのかと思ってたけど、カイルの集中力の消耗のほうが先のようね。作ってるモノがモノなだけに、十分すごいとは思うけど……確かに、一日でできる数は限られるわね」とラティナ。
「カイル、無理はしないでね」
ミリエルが心配そうに見つめる。
「そうだな。これ以上やるには、さすがに少し休みたい。……それに」
カイルがぼそりと呟く。
「……純度が落ちちゃうんだよ。そんなんで良ければ、もっとパパッと作れるんだけど」
その一言に、ラティナの目が鋭く光った。
「──それよ!」
「え?」
「用途に応じた濃度調整。医療用には高純度のもの。日常的な魔法使用なら、純度の低いものでも十分効果がある。薬の世界では、よくあるのよ」
「純度の調整までできるなんて! カイルすごい!」
ミリエルが両手を上げて喜ぶ。
「つまり、“濃さ別”の魔素水を用意して、それぞれ用途や価格を分ければいいってことか」
ラティナは大きく頷いた。
「そう。量産性も上がるし、価格帯を分ければいろんな人に届けられるようになるわ。……それが、あんたの魔素水の“可能性”なのよ、カイル」
カイルは瓶を見つめた。自分の力が、たった一本の水に変わり、人の命を救う力になる。そして今、それが広がろうとしている。
「俺の力が……世界を変えるのかな」
「変えるんじゃない。変えられるんだよ、カイルなら!」
ミリエルが笑いながらそう言った。ラティナも、珍しく心からの笑みを浮かべていた。
テーブルの上で光る魔素水が、淡く揺れていた。
《つづく》
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