第1話『“使い捨てカイル”の最期』
──自分は、何者でもない存在だと。そう言われてきたし、そう思っていた。
◇ ◇ ◇
──終わりが近いことを、カイルは肌で感じていた。
石壁に囲まれたダンジョンの最奥部。空気は重く、じっとりと肌を舐めるような湿気が漂っている。足元には無数の死体。冒険者のものではない。魔物──この階層を支配していたはずの存在たちだ。
「……おかしい」
カイルは小さくつぶやいた。
血の気が引いていく。魔物の死骸が、自然死ではない。切り口は鋭く、しかも古い。つい数刻前の戦闘ではない。これは罠だ──“最奥”に導かれるように来たパーティは、自分たちが“何かに招かれている”ことを悟る。
「魔素液、もう一瓶も残ってないわよ!」
背後から、焦燥混じりのセリーヌの声が飛ぶ。
カイルは即座に腰のポーチを外し、残っていた最後の魔素液を取り出す。中身はわずか、だが命綱だ。
前衛の盾役、ガルドはすでに膝をつき、レオンも額に汗をにじませている。
「これを……任せる!」
カイルは迷いなく、魔素液をセリーヌに投げた。自分が持つよりも、魔力の高い彼女が使うべきだ。
「ありがとう──でも、あなたはどうするの!?」
「俺は足止め役だ」
カイルはそう言って、剣を抜いた。魔素が底をついた自分に、もう魔法は使えない。だが、自分とレオンの剣による連撃、ガルドの受け、そこにセリーヌの風魔法、なんとか隙をついて逃げることはできる。それにレオンなら、転移魔法で全員を脱出させるだけの魔力が残っているはずだ。
それが、この状況での最適解だった。
「お前……!」
レオンが何かを言いかけたが、次の瞬間、地鳴りのような咆哮が響き渡った。
黒い霧と共に現れたのは、魔物──否、“魔獣”だった。獣の皮をかぶった異形、魔素が凝縮した塊のような気配。
カイルは振り返らず、仲間たちに言った。
「行くぞ!」
そして、自ら囮として魔獣の前へ躍り出る。
全身に針が突き刺さるような魔力の圧に、歯を食いしばりながら剣を構えたその瞬間──背後から、声が聞こえた。
「ありがとう、カイル」
刹那。
鋭い痛みが、胸を貫いた。
突如、視界が傾く。刃が胸を、心臓を、正確に貫いた。
「……っが……な、ぜ……」
振り向いた先にいたのは、レオンだった。
剣を握ったまま、静かに呟いた。
「君は“もういらない”から」
その目には、憐れみでも、怒りでもない。ただ、冷たく計算された「整理」の光だけがあった。
カイルの膝が折れ、重力に引かれるように、彼の体は地に崩れ落ちる。
セリーヌは、目を伏せた。ガルドは、そっぽを向いた。
「行くぞ、転移陣はもう限界だ」
レオンの指示と共に、魔法陣が光を放つ。
次の瞬間、彼らの姿は光の中に消えていった。
カイルは、残された。
まだ、意識があるのが不思議だった。血が喉に逆流し、視界は赤く染まる。
誰かの声が聞こえた気がした。
……誰だ?
視線をわずかに動かすと、天井の闇の中、どこからか“何か”が落ちてきた。
それは、光を帯びた結晶だった。まるで意思を持っているかのように、一直線に彼の胸──心臓を貫かれたその空洞へ、吸い込まれるように落ちた。
──リィ……ン。
澄んだ鈴の音のような共鳴音が、世界に響いた。
その瞬間、死の冷たさの中に、“熱”が灯る。
カイルの身体が、かすかに震えた。
《つづく》
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