招かれざる客
「ただいま~」
「おかえり」
私が家に帰宅すると居間に知らない人がいた。
上下とも黒い服を着た艶のある髪のふくよかな女性だ。
「あ、お客さんですか」
これ事態の出来事に私は驚かない。
私の住む町では近所に住む人たちがよそのお宅に入ってることがざらで、町民との距離がやたら近いこの町はプライベートなど欠片もない。
すごい時には雨の日家に帰ると近所の人が洗濯物取り込んだりしてることもある。
この土地に移り住んで早十数年。突然の来客(家の中)で取り乱したりしない。
といっても勝手に入るのはあくまで町の中の近所の顔見知り限定であるわけであって。
私の家にいるこの人はまったく知らない人だ。
(だ、誰?)
驚きはしないものの、身構える。
こんな人近所にいたっけ?
「あなた久しぶりぃ」
「えっ」
久しぶりと言われてしまった。
「ま、前にお会いしましたっけ?」
「そうよぉ懐かしい。大きくなったわね。あなた見ない間に。ああ懐かしいわこの家! このリビングも玄関も。懐かしいわぁ。あ、家の屋根塗り替えた? たしか以前は屋根赤かったわよね」
「いえずっと茶色ですけど」
「そうだったかしら~?」
とりあえずお客人(?)なのでもてなすことにした。
女性は私がお客様用に出したお茶菓子をバリバリボリボリと食べる。
「本当に茶色ぉ? 赤だった気がするんだけど……まあいっか。それよりこのお菓子美味しいわね~」
「実家からの仕送りです。向こうでは名物のパイ菓子です」
「へえ。このサクサク感がクセになるね」
バリバリ食べるお客人。
平らげた皿にさらにパイ菓子を継ぎ足す。
「あらどうも」
「いえ……」
あまりパイ菓子をおかわりする人を見たことない。そもそも人の家で茶菓子をたらふく貪る客も珍しいが。
「そうそう息子と娘も後で来るから。二人ともあなたに会いたがってたわよ~」
「え? ここにですか?」
「他にどこがあるのよぉ」
「お子さんが……いらっしゃるんですか」
「あら!」
客の女性は目を見開く。
「あなたったらそんなことも忘れて! ひどいわ。会ったことあるでしょ。息子の“クロくん”と娘の“チーちゃん”」
「クロくん、チーちゃん……」
ヤバい。
マジで覚えてない。
私、本当にこの人に会ったことあるの?
「今外で遊んでるからもうすぐ来ると思うけど。あ、これも美味しい」
「これは私が贔屓にしてるメーカーの新製品です。メイプルチョコクッキー味です」
「新製品なんてあなたミーハーね。きっと色々なもの見つけるのがうまいんだわ」
ザクザクボリボリ。
……こんなインパクト大な人なら嫌でも覚えてる気がするんだけどなぁ。
「おかわり」
「え?」
「おかわり」
女性客の目が据わっていた。
「たしか台所の棚の二段目にお菓子があるはずよ。買い置きの。あなたいつもそこに仕舞うでしょ」
その台詞に違和感を覚える。
「ちょ、ちょっと待ってください。え? どうしてうちの棚の事情知ってるんですか」
おかしい。
洗濯物取り込んでくれる人がいても、台所の棚の中身まで知ってる人は今までいない。
親切心どころか失礼だ。
「ね、あったでしょ」
もしかして、この人、私が帰る前に勝手に家の中を物色した?
信じられない!
「ねえ、あるわよね。お菓子」
先ほどから声をかけてくる女性のトーンが低くなる。
台所まで行き棚を開くも、浮かぶ猜疑心や怒りで菓子の封をきる気にならない。
「おせんべえかな。お饅頭でもいいわね」
本当になんなのこの人!
勝手にあがりこんで人ん家のものガツガツ食べて。
おまけに台所の棚まで物色して。
(まるで泥棒じゃん!)
いくら他人との距離が近い町でも限度がある。
前に会ったとか言ってたけれど、全然こんな人知らない。
誰よクロくんとチーちゃんって。名前を聞いて思い出すどころか顔すら浮かばない。
顔見知りとか言って本当に会ったことあるかも怪しい。
適当言ってあがってきたんじゃないの?
本当に、知らない人だとしたら?
ゾッとした。
私本当に知らない人迎え入れてしまったかもしれない。
急に居間で休む客が得体の知れないもののように感じる。
「ねえ、まだ」
さっきよりさらに声が低くなる。
まるで地響きのような音。家の中の温度がとたんに冷たくなった気がした。
怖くて後ろの居間を振り返れず、私は棚の前で立ち止まるばかりだ。
「あんた覚えてないって言ったよね。あたしたちのこと」
そんな中、突如女性が話し始めた。
「あたしらは覚えてるよあんたの憎い顔を。だから帰ってきたんだよこの家に」
「え?」
「住み心地良かったのに。私たち“も”ここに住んでたのに」
急に何を言い出すのこの人は。
この家は私一人しか住んでない。
私だけの一人暮らしのはずだ。
「思い出せ。あんたは私を殺した。私だけでなく子どもたちまで殺した。残酷に。息子も娘も無抵抗だったのに。あんたが全員殺したんだ!」
「私が、殺した?」
私がこの人とその子供たちを?
そんなわけない! そんなことするわけない。
私は殺人なんてしない!
そう言い返そうとしたその時、
ガサガサガサ!
大きな音をたて、居間にいた女性が置いてあるゴミ箱をひっくり返し中身のゴミを食べ始めた。
むしゃむしゃと両手でゴミを掴み口に流し込む。
「食べ物……食べ物……」
「ひっ」
彼女は止まらない。
むしゃむしゃと自分の髪の毛まで食べ始めた。
「いや! やめて!」
恐怖と混乱で頭がいっぱいになる。
「止まって! イヤ! なんなのいったい!?」
ゴミや髪を貪る彼女を後ろから羽交い締めする。それでも彼女は止まらない。
「……ッ!?」
彼女の頭。
女性客の頭からは二本の長い触覚のようなものが垂れ下がっているのが見えた。
バッと遠ざかる。
地面を這うようにゴミを食べ続ける黒ずくめの服の女性の姿に私は見覚えのあるものを感じる。
――そうか。
“そういうこと”なら身に覚えがある。
私は台所へ行くとあるものを掴む。棚にあるお菓子……ではなく洗剤だ。
それを暴走する彼女に向けて放った。
思いきりかぶった女性客はじたばたともがき、呼吸困難を起こすとしばらくして力尽きた。
動かなくなったソレを私は冷たい目で見下ろした。
ピンポーン♪
インターホンが鳴った。
ドア前の丸穴で来訪者を確認すると、私は洗剤をかまえ……――
―――
「おお、また、大収穫」
家の台所の片隅に置かれた赤い家には、何匹ものゴキブリが仕留められていた。
まあ今年の夏はよく出ること。
「何度でも生まれ変わってくるがいい」
ヤツらが帰ってくるなら、必ずこの赤い家で迎えてやろう。