夏合宿
「セミだ!」
「どこ?あ、ホンマや。捕ったろか?」
「ほんと?!うんうん、捕って!」
新曲のMV撮影合宿で近所の子相手に、リツが楽しそうに遊んでいる。少し離れた建物の階段ホールの日陰から、子供だなぁ、と微笑ましく眺めていた。この微笑ましい光景がまさかの惨事に繋がるとは。
「ほら、捕まえた!ゆっくりやで、そーっと持って……」
「うわぁーすごいすごい……あっ!」
けたたましい鳴き声がこっちに向かって来る。何故かこの狭い空間目掛けて。
「えっ?!」
咄嗟に後ろを向いて避けたつもりが、後頭部に違和感が……。
「待って、待って、え、やだ、ちょっとリツ!」
逃げようと足掻くせいで、髪の毛にからまっているのがわかる。
「ゆきさん落ち着いて。取ったるから!ほら、座って……」
「もう、ホントありえない……」
半泣き状態でリツに促されるまま座る。リツは私の背中を支える位置に座り、髪の毛が絡まないようにセミを押さえて、優しくそっと髪を解いていく。
「待ってな、ちょっとずつ解くから。ごめんな」
果たしてセミに言っているのか、私に言っているのか。多少混乱しながらただじっと外れるのを待つ。
「もうちょっとやからな。ゆきさん大丈夫やで」
「うん、うん」
頷くことも出来ずに返事だけを返す。
「よし、取れた!ほれ、飛んでけ!」
今度は無事に大空に飛んで行って、安堵する。
「良かったぁーーぁ」
突っ伏した後、肩にぽん、と置かれた手を取って思わずぶんぶん振る。
「ありがとうー。もう、ホントどうなるかと思ったー!あー良かったぁ」
「ええ?ゆきさん?大丈夫?」
言いながらけらけら笑っている。こっちはそれどころじゃなかったのに。
「ゆきさんもうちょいそのまま待って。髪の毛凄いことなってんのよ。ちゃんとするから」
そう言いながら、手ぐしで整えてくれた。
「ありがとう、ホントにリツ優しいですね」
「あ、いや、半分俺のせいでもあるし。ごめんな」
そこでふと我に返って、一緒に遊んでいた男の子の事を思い出した。
「あれ?一緒に遊んでたあの子は?大丈夫でした?」
「あの子のお母さんがそばで見てたからすぐにおまかせして来たし大丈夫やよ」
「そうですか、それなら良かった……あ、もうこんな時間ですね。集合かけなくちゃ。まずLINEして……」
集合の連絡を入れる。
「俺はここでいい?」
「はい。外に行ったメンバー見てきますね」
海辺に向かい走り出す。
「うん、わかった。ここで待ってる!」
「リツ何真っ赤になってんの」
「うわっ、トウヤどこから見てたん」
急に声を掛けられて慌てる。
「二階から降りてきたらセミ飛んできたから隠れて、そのまま見てた。めっちゃキュンキュンなシーンやんって思って、こっちが照れた」
「やめてー。もうホンマゆきさん可愛すぎて。マジで好きになるわ」
「や、オレなら逆にこんなキュンキュンなシーンで全く気にしてないゆきさん見ちゃったらもう芽がないなって思うけどな?」
「いや、今からやろ、これからや、これから!」
「マジか、コイツ。弟としか思ってないぞ、ゆきさん。兄ちゃんズでもなびかないのに」
「あんな可愛いゆきさんみて惚れない方がおかしいわ」
「いや、惚れるけども。諦めるでしょ、普通」
「惚れたら諦めたらあかんでしょ」
「まじかー。うん、わかった。応援してやる」
呆れ果てて、感情のこもらない返事をする。
「おう、ありがとう。頑張るわ」
「…………」
みんなさすがにLINEは気にしていたらしく、すぐに集まって来た。
「この後衣装に着替えて屋外撮影から入ります。その後衣装チェンジして屋内撮影、二日目食事の準備からは配信用撮影になりますので、定点カメラと自撮りで撮影になります」
「ゆきさんどこ泊まるのー?」
「スタッフは別の場所に宿泊です」
「ゆきさんバックダンサーするんだよね?ね?」
「……はい。逃げられないように合宿にされたので。精一杯努めます」
新曲MVのついでに映像コンテンツの確保ができて、ダンサーが確保できて、メンバーの気分転換にもなる!と事務所側(主に高橋さん)から早い段階でMV合宿の提案が出ていた。
「楽しみやなあ。はよ一緒に踊りたいわ」
「三日間撮影に集中出来るのいいね」
「ゆきさんがMVに参加してくれるのが何よりも嬉しいな」
相変わらずみんな口々に言いたいことを言っている。
「私はまさかここまでがっつり参加するとは思っても見ませんでした」
ダンサー以外にも、イメージ映像内で出演することになってしまった。メンバー達が企画をして、どうしても女性の後ろ姿の映像が欲しいと熱望して、ゆきさんがいるからできるでしょ?という一言で事務所側を納得させてしまった。
「私も衣装に着替える関係でこの後撮影隊の皆さんの指示に従ってください。以上です」
「よろしくお願いします!」
「よし、着替えの後撮影隊に合流するぞ!」
「はい!」
みんなを見送って、酒井さんと合流する。
「酒井さん。よろしくお願いします」
「また仕事一緒にできて嬉しいわぁ。ゆきさんに衣装持ってくるの楽しいのよね、私」
「私は着せ替え人形ですか」
嫌味なつもりで言ってみてもあっさり認めて返される。
「ある意味そうね。何でも着こなして誰にでもなってくれるから、楽しくて。今日元木くんは?」
「いませんよ。ある程度は自分で出来るので。そこまで派手にしませんし。ホントに後ろ姿だけの出演ですから」
「もったいないわねぇ、もっと表に立っていい人なのに」
「私は裏方がいいんです。早く衣装お願いします」
「はいはい」
ようやく衣装を出してもらい着替えた。外で二着、中でダンスの分を入れて三着。メンバー並に着替える。
白ワンピースにつば広ハット。いかにもな格好で砂浜に降り立つと、周りからやいやいと囃し立てられた。
「とりあえずツーショット撮りたい……可愛い」
リツがGoProを手に一番に隣に来て写真を撮る。
ずるい!と次々にツーショットを撮らされた。
「もう何でもいいんですけど、撮影の時間押すのだけはやめてくださいね」
「俺らはある程度もう撮ったからね。巻きで頑張ったから大丈夫。ゆきさんも巻きでお願いしますね?」
なるほど、着替えている間に巻くように頑張ったということか。
「カメラスタンバイできましたー!YUHKIさんお願いします!」
「はい!」
「砂浜を歩くシーンからお願いします。スタート!」
ギラギラと照り返す砂浜をゆっくりと進む。
「少し振り返ってください!」
顔が見えない程度に振り返る。
「OKです!次波打ち際で立つシーン行きます」
スタッフが待つ波打ち際まで移動する。
「スタート!そのままでお願いします……OKです。次周りにメンバーも立ってください。始めは後ろ姿……振り返って前向きでお願いします。OKです。次メンバーがYUHKIさんに近づくシーン撮ります。スタート!ゆっくり、ゆっくり。OK!ではもう一度戻って海に向かって走ってください!スタート!……OKです!次リュウくんひざまづいてYUHKIさんの手を取って周りを皆で取り囲みます。スタート!ゆっくりひざまづいて……OKです!」
「U:niONモニターチェック後衣装チェンジです!YUHKIさんもう少し一人のシーン撮ります」
U:niONがモニターまではけてから撮影再開。
「スタート!波打ち際を歩いて座り込んで……そのまま天を仰いで……OKです。YUHKIさんも衣装チェンジです」
「モニターチェックしますか?」
「はい、お願いします」
メンバーだけで撮影していた分もチェックさせて頂く。カメラアシスタントさんが、U:niONの行動がよっぽど素晴らしかったらしく、教えてくれる。
「YUHKIさんと写真が撮りたくて、ずっと駆け足で移動して頑張ってたんですよ。しかもとてもいい出来でしょう?」
「はい。思っていた以上に素敵ですね。安心しました。着替えて来ますね」
「はい。お願いします」
二着目はメンバーはそれぞれ濃淡つけた青い衣装。同じシーンを撮影する。
「わぁー、ゆきさん次は赤なんだ」
真紅のサロペットの上から赤いシースルーのロングシャツ。こちらも同じシーンを撮影する。ツーショット!とこれもまた同じように繰り返された……一点違うシーンが、波打ち際で今度はナツがひざまつく。まるで間違い探しだ。
OKが出るとメンバーはモニターチェックをして、今度は撮影の見学をしていた。時間が気になって、終わって声を掛ける。
「着替えは?次屋内撮影ですよね」
「少し時間があるからゆきさんの見学。その為に頑張って巻いたんだから」
良いんだか悪いんだか……モニターチェックを全員でする。
「アップなった時のチラッと映るゆきさんの顔めっちゃ可愛い」
リツが何時になくはしゃいでいる。
「横顔なのにいい表情なのわかるよね。後ろ姿なのにちゃんと演技してるんだ」
「ありがとうございます。演技なんて言っていいのか分かりませんが……顔が分かりそうなのでNG出そうか迷うところですね」
「顔がわかりそうなところだけぼかしますか?」
アシスタントさんが提案してくださる。
「出来れば、顔がわかりそうな写真は上手く誤魔化して頂けるとありがたいです」
さっきと違って帽子が無い分顔が隠しきれなかった。
「わかりました。編集時点でまた確認して頂くようにします」
「よろしくお願いします」
編集でなんとかなるならそれに越したことはない。
「それにしても濡れたままで気持ち悪くないんですか?」
「これだけ暑ければ涼しくていいよ?」
一番濡れているナツがそう言って平然としている。
「私は涼しいより足に張り付いている方がダメかなぁ。さあ、早く着替えに行きましょう」
メンバーそれぞれいろんな返事をしながらみんなで歩き出す。砂浜に足を取られているとさりげなくリュウとナツが両側から支えてくれる。
「さっきあんなにスタスタ歩いてたのにな」
「ゆきさんカメラの前だと別人だよね」
「サンダルが濡れて歩きにくいんです!しかも砂が入ってきてめちゃくちゃ熱いんですからね?」
「そんなにムキにならなくてもいいよ?」
「時々可愛い反応するよね、ゆきさん」
「…………」
反応に困っていると後ろからリツが助け舟を出してくれた。
「酷いなあ兄ちゃんズ。そんなにゆきさんのことからかうなよなー。変わろか?」
「ありがとう。リツは優しいよね」
「俺のが優しいよ?」
リツの声かけで一気にスイッチが入ったらしい。ナツのことも気にかけず抱き上げられた。
「お前さあ……」
ナツが思いっきり嫌な顔をする。リツはしまった、やってもた、とボソリと呟いていた。
「色んな人が見てるのでさすがに下ろしてくれませんか?」
「砂浜出たらね」
それ以上は何も言わず、言葉通り砂浜を出た所で降ろされた。
「ありがとうございます……濡れちゃいましたね」
「いいよ。着替えるし」
スタイリストさんが聞いたら泣きそうなセリフだ。
「ゆきさん大丈夫?」
「大丈夫。リツも、ナツもありがとうございます」
「ホントリュウは周り見ないし時々俺様だよね」
「砂が熱いって言うならこれが一番ゆきさんの為だろ」
「まあね。でもゆきさんにも僕にも一言かけるのが礼儀だよ?」
「俺も横におってんで!」
「はいはい。ごめんね、一番マッチョで!」
言い争いはどこへやら、その一言で他のみんなもまきこんでふざけ出す。
「もう、わかったから!着替えに行ってください!私も仕事倍になってるんですから、皆さん自身でしっかり動いてくださいよ!」
「もちろん!」
「ほら、みんな行くぞ!」
「おう!」




