連戦の代償
――誰かの期待に応えたくて。
限界を超え、戦う意味を問う。
【Aパート:控室・黒崎レイ】
激戦を終え、控室に戻った黒崎レイは、机に両手を突いていた。
肩で息をし、汗が額を流れる。冷却魔法すら、もはや役に立たない。
(まだ……準決勝がある……その先に、決勝も……)
だが、頭の中が霞んでいた。
手の震えは止まらず、ページの捲りも乱れる。
「簡略開頁の使いすぎか……」
異能《深淵の書架》――魔導記録から任意の魔法を呼び出す能力。
それを過剰に連続使用すれば、記録負荷と精神演算疲労が蓄積する。
その兆候が、今のレイの状態だった。
コン、コン。
ノック音の後、扉が開く。
「やっほー。元気そー……じゃなさそうね」
現れたのはナナセ・ユイだった。
彼女の顔にも疲労の色はある。けれど、笑顔はいつも通り明るくて。
それだけで、少しだけ空気が和らいだ。
「レイ、ちょっと無理してるんじゃない?」
「……無理をしないで勝てるほど、甘い相手はいないからな」
「……そっか。でも、あたし、あんたに決勝で会いたいんだよ?」
「……だから、行くよ。絶対に」
ふたりの視線が交差する。
それは約束であり、誓いであり――どこか、願いでもあった。
【Bパート:準決勝・ナナセ・ユイ vs ザック・ノーラン】
次のバトルステージに立つのは、雷の舞姫と、沈黙の巨人。
ザック・ノーラン――無口な男。
だがその異能《重力支配》は、絶対的な威圧感を放っていた。
「……言っとくけど、あたし、重いのって苦手なのよね」
「…………」
返答はない。ただ、空気が変わる。
重圧のようなものがステージ全体を包み込んだ。
「(うっ……空気が……圧迫されてる!?)」
次の瞬間、地面が沈む。
ザックの足元を中心に、局所的な高重力場が発生。空間が潰される。
「くっそ、もう来たのっ!?」
ユイは一気に跳躍、雷の疾走《雷脚連舞》で宙を翔ける。
が、ザックは動かない。
ただ右手をかざす。それだけで、ユイの身体が空中で重くなる。
「(空中で! 動きが鈍ってる!?)」
その隙を逃さず、ザックが拳を振るう。
重力を乗せた一撃が、遠距離からでも、空間ごと押し潰してくる。
「《雷閃脳解》──ッ!!」
ユイの神経が過加速、世界がスローに。
重力の波をギリギリで読み、横回避から背後へ高速接近!
「……読んでた!」
ユイの稲妻の一撃がザックの背を打つ――だが。
「っ!? ……跳ね返された!?」
ザックの異能には、物理的衝撃への反発領域があった。
彼自身が、重さそのものを操るため、
動きと衝撃が、重力反転で返ってくる!
「そっか……当てちゃいけないタイプの敵か……」
両者、ダメージはない。だが、疲労は蓄積している。
ユイは息を荒げながら、次の術式を走らせる。
「でも……負けらんないんだ。あたしは、あの人に、勝った状態でぶつかりたいの!」
雷光が、彼女の全身に集中する。
自らの脚を、電磁加速し、質量と速度を極限まで上げる。
「これが、あたしの全開だッ!!」
「《雷鳴絶華・弐式》――!!」
落雷とともに、神速の蹴りが重力壁を破壊し、ザックのガードを打ち砕いた。
拳を構えていたザックが、初めて一歩よろめく。
観客席が、爆発するように沸いた。
試合終了。勝者:ナナセ・ユイ。
それでもザックは、何も言わなかった。
ただ一礼し、静かに去っていく。
その背に、ユイは敬意を込めて手を振った。
控室に戻ったユイ。
今度は彼女が、レイの隣に腰を下ろす。
「……あたし、勝ったよ。だから、レイも絶対、来てね」
「……ああ。君の雷、ちゃんと視えたから」