氷華乱舞
――君の氷は、誰のために咲く。
僕の知は、誰を守るために研がれる。
控室の扉を開けると、そこには静かに佇む氷の舞姫がいた。
「……黒崎レイさん。やっと貴方と、お会いできましたわね」
「セレナ・グレイス……君の戦いは観ていたよ。美しく、冷静で、残酷なほど正確だ」
「それは貴方にも言えることでしょう? まるで本を捲るように戦う戦術使い(ストラテジスト)──楽しみですわ」
二人の視線が交錯する。
異能の本質を読み、先を見通す者と、情報と幻惑でそれを崩す者。
静かで、鋭く、冷たい火花が、すでに戦場に降り始めていた。
戦場に立つと、セレナはすぐに自身のフィールドを展開する。
「《氷華の庭》──展開」
足元に広がる白い華。氷の結晶が地面を彩り、無数の花弁が宙に舞う。
ただ美しいだけの装飾ではない。それは視界を制限し、温度差を作り、音の伝達を歪ませる多重妨害結界。
(つまり、見せたくないものを隠し、見せたいものだけを残すフィールド……)
「早速分析中ですの? さすがですね」
「そうしないと、君には勝てないから」
レイは魔導書を一冊、浮遊させる。
指先で章を捲り、静かに呟く。
「第二書庫・第三節――《偽視検出式》」
次の瞬間、彼の周囲に広がる淡い光が、空間にある幻を視覚上から切り離す。
だが──
「……それが、本物ならですわね」
「……なに?」
「私の幻は、現実と一部を共有している。本物と偽物の境界を曖昧にしたのですわ」
幻のように見える花弁の中には、本当に凍らせるものが混じっている。
視認だけで回避するのは不可能。信じた瞬間、罠になる。
(なんて高度な干渉……認識を逆用して、こちらの判断を誘導する)
セレナは氷の華を踏み、軽やかに踊る。
その一歩一歩が魔術陣となり、レイの周囲に氷杭が突き上がる。
「っ……!」
「《氷杭連舞》……避けても避けても、貴方の足元は凍っていく」
しかし――レイは、逃げなかった。
「第四書庫・応用節《空間記録式》──即時起動」
レイが踏み込んだ瞬間、彼の座標が記録され、魔法陣の発動地点がズレる。
空間干渉により、攻撃の発生点そのものが無効化されたのだ。
「……空間の、座標を欺いた……? それ、幻より厄介ですわね」
「君の幻術が、現実を曖昧にするなら、僕の異能は、記録して確定させる。どちらが強いか、試してみよう」
氷と魔導が交錯する戦場。
セレナの舞は優雅で、予測不能。
一歩の中に五重の攻撃が仕込まれ、氷華が視覚、聴覚、皮膚感覚に干渉してくる。
だがレイは、たとえ視界を封じられても、言葉を失っても、冷静だった。
「第七書庫・封印解除――《簡略開頁》」
レイの瞳が光を宿し、複数の詠唱式が飛ばされる。
魔導書が自動的にページを捲り、必要な魔法を、今すぐ展開可能とする異能。
これは、まさに深淵の書架の真価。
「《氷属性逆位式:温度跳躍》――セレナの冷気、ここで断つ!」
空間の一部が急激に熱され、氷華の一部が蒸発する。
「っ……!」
セレナの視線が揺れる。
(視界が崩された……!)
「そしてもう一手。《視界優位操作式:影の索敵眼》!」
背後に回り込んでいたレイが、氷の結界内で影から逆探知。
セレナの幻を、完全に見切った。
「……見えていますよ、セレナ・グレイス」
「ならば……これが私の最後の一手!」
セレナは両腕を広げ、戦場全体に氷嵐を展開。
自らも巻き込むように、白銀の嵐が全域を包み込む。
「《氷華終章:絶対零葬》!」
空間ごと、すべてを凍てつかせる一撃。
しかしその中、レイは静かに詠唱を終える。
「第十書庫・記録魔法――《詠唱逆再生》」
自らの魔導記録に、無傷の自分を記録していた。
その状態を逆再生し、氷葬前の自分へと巻き戻す。
そして――
「《氷結破断式・雷撃符加速》、最終詠唱──」
「まさか、そこで雷を……!?」
「《閃雷裂華》!」
雷の奔流が、氷の舞を破壊した。
勝者:黒崎レイ。
だが、戦い終えた二人は静かに微笑み合った。
「貴方は……本当に、読めない男ですわね」
「君もだ。綺麗で、冷たくて、でも芯は熱い。そんな戦いだった」