戦場の舞姫
――氷の華は、静かに戦場を彩る。
その美しさは、誰にも触れさせはしない。
セレナ・グレイスは、氷の令嬢と呼ばれている。
白銀の髪、蒼い瞳、仕草一つさえ舞踏会のように優雅で。
けれど彼女が一度バトルステージに立てば、そのすべてが冷気と幻惑の武器に変わる。
「貴女が……ナナセ・ユイさんですね。お会いできて光栄ですわ」
「うわ、ほんとに、氷の姫様って感じだね。あたしとは正反対!」
金髪を跳ねさせて笑うユイは、雷光のごとく奔放で、自由だった。
そんな正反対の二人が今、激突する。
開始の合図とともに、白い花弁が舞った。
氷の華。ステージ全体を覆うように展開された冷気の罠――
セレナの異能《氷華の庭》の始まりだ。
(あれ……花びら?)
一瞬でも油断すれば、視界を覆い、足元を凍らせ、動きを止める。
見た目は美しくても、中身は地獄のような戦場装飾。
「……面白い! こっちも派手にいくよ!」
ユイの全身から青白い雷が奔り、次の瞬間には彼女の姿がかき消えた。
「──《雷脚連舞》!」
電撃を伴った連続蹴りが、氷華の隙間を縫うように炸裂する。
しかし。
「甘いですわ。貴女の速度は既に……読んでおりますのよ」
セレナの足元に展開された氷の円陣が反応し、ユイの移動先を先読みして氷柱が突き上がる。
「くっ!」
紙一重で避けたユイだが、片足が凍りつく。
(位置、見られてた!?)
「この《氷華の庭》……視覚だけでなく、音、温度、動線すべてを記録して反応しますの。貴女が動く限り、私は貴女を視ています」
「なにそれ、チートじゃん!」
ユイは即座に次の戦術へ移る。
肩から脊椎にかけて雷を集中させ、神経を極限まで活性化――
反応速度を限界突破する術式《雷閃脳解》を発動。
世界がスローに見える。
その中をユイは走り、跳び舞った。
(あたしは……雷! 止まるわけにはいかない!)
「うおおおおっ!」
だがセレナもまた、予想を超えてきた。
「《氷結幻舞》──」
氷の花弁が、急に複製を生み始める。
視覚情報に、幻影を加え、敵の眼と反応を狂わせる高度な幻術魔法。
「くっ……どれが本物!? あたしの反応速度でも、読み切れないっ……!」
「貴女の速さは確かに脅威です。でも、見えないものには届きませんでしょう?」
攻撃が外れるたびに、足元の氷が広がる。
だが――ユイは、口の端を吊り上げた。
「……じゃあ、視るのをやめるよ」
「……え?」
「感じるだけで十分。あたしの身体は、雷でできてるから!」
雷鳴が轟いた。
ユイは目を閉じ、全神経を雷の流れに同調させる。
風の流れ、空気の歪み、温度の差。視覚ではなく、電気信号として世界を感じ取る。
それは彼女だけの第六感──《雷脳感覚》
「いた……そこだッ!」
蹴り上げた瞬間、花弁の中心で結界を張っていたセレナが目を見開いた。
「……っ! どうしてここが……!?」
「さあ? 雷の勘ってやつかな!」
セレナはすぐに反撃体勢に入る。
足元の氷から、数百本の氷針を射出――ユイを串刺しにしようとする。
しかしユイは、それすらも、電気信号として先読みし、空中へジャンプ!
そして彼女の右脚に、雷が収束する。
「《雷鳴絶華》ッ!!」
落雷とともに叩き込まれる回し蹴りが、氷の庭ごとセレナを吹き飛ばした。
氷の結界が砕け、白い花弁が空へ舞った。
観客の歓声が、しばらく止まらなかった。
そしてバトル後。
控室の廊下で、ユイとセレナは再会した。
「……まさか、視覚を捨ててくるとは思いませんでしたわ」
「そっちも、あんな綺麗でえげつない攻撃してくるなんてさ」
ユイは笑い、セレナもわずかに口元を緩めた。
「また戦いたいですわね。次は、もっと本気で」
「うん。あたしもまた、姫様と踊るの楽しみにしてるよ!」