開幕、異能闘技大会!
――ページを開け。
その先にあるのは、ただの知識か。
それとも――勝利か。
黒いフードの少年が、ゆっくりと闘技場の中心へと歩を進めていた。
その名は――黒崎レイ。
巨大スクリーンに映し出される彼の姿と同時に、観客席からどよめきが起こる。だがその本人は、まるで他人事のような顔で、静かに前を見据えていた。
(風の流れ……気温、照明の角度。床素材は石英混合。滑りにくく、熱も伝えにくい……雷属性なら少し不利か)
観客の声は耳に入っていない。
彼の思考は既に、目に見えない戦場の地図を描いていた。
ここは『イグニスアリーナ』
世界最大規模の異能トーナメントであり、異能を持つ者たちにとっての聖域。
レイは、この場所に自らの異能を証明するためにやってきた。
胸元に浮かぶ、淡く紫色に輝く紋章――これは、異能者であることを示すコード印。
彼の異能の名は《深淵の書架》
それは、記録と知識を魔導として呼び出す、戦術特化型の異能だった。
「見たか!? あいつがレイだよ。予選で、あの火の獣王を封じたっていう──」
「異能《書架》って、どんな力なんだ? 魔法書でも出すのか?」
「いや、ガチで出すらしいぞ。しかもページ数に制限があるとか……」
実況席からも熱のこもった声が飛ぶ。
『さああああああッ! ついに始まります、本戦一回戦ッ! リング中央、東ブロック代表・黒崎レイ、異能《深淵の書架》!』
そして──対する西ブロック代表の姿が、ステージの向こう側に現れた。
「よっ、初戦の相手ってのは、あなたかぁ」
弾けるような声。
白と黄色を基調としたスポーティなバトルスーツを身に纏い、肩にかかる短い金髪を揺らして現れたのは、少女だった。
『対するは西代表! 異能《雷鳴の舞姫》! ナナセ・ユイ選手ーーーッ!!』
「ふふっ、ビリビリの雷で、観客も審判も目が覚めるような試合にしよっか♪」
少女――ナナセ・ユイは、ステージに乗った瞬間から空気を変える。
足元に走る紫電。彼女の全身から、微細な放電が舞っていた。
(……雷速。近接型か)
レイは淡々と分析を始める。
雷系は初動の速度で押し切るタイプが多い。持久戦には不向きだが、こちらの詠唱の隙を狙われると厄介だ。
だが、レイの瞳に揺れはない。
試合開始のホイッスルが鳴った――。
瞬間、ユイが消えた。
いや、消えたように見えた。
雷鳴と共に走り出した彼女の身体は、ステージの端から端までを一瞬で跳躍する。残像が三つも四つも残るほどの速度。
「そっち、隙ありっ!」
稲妻のような踵落としが、レイの頭上を襲う。
だがその刹那――レイの口元が動いた。
「第一書庫・第二章。『風の盾』、詠唱、展開──」
詠唱と同時に、彼の背後から一冊の古びた魔導書が浮かび上がる。ページが自動で開かれ、そこから風の障壁が展開された。
ユイの踵が風のバリアにぶつかり、軌道を逸らされる。
「っはー、まさか咄嗟に防がれるとは思わなかったな~」
「攻撃速度は優秀。だが……予測できる範囲だ」
レイの声は淡々としている。
それに対してユイはにやりと笑った。
「へぇ、ならもっと速くするだけだよ。雷鳴、踏み鳴らせ!」
ユイが床を蹴った瞬間、放電が爆発するように広がる。
彼女の異能《雷鳴の舞姫》は、自らの電気を使って筋肉を刺激し、瞬間加速を何度も重ねられる連撃型だった。
次の瞬間──
雷撃十連!
高速の拳と脚が、風のバリアを次々と砕いていく。
レイは後方に跳び下がりながら、もう一冊の魔導書を呼び出した。
「第三書庫・第五章──『氷結杭』、放射」
詠唱の終わりと同時に、床から鋭い氷の杭が複数突き出す。
視線を逸らすように配置されたその氷杭に、ユイは反応が一瞬遅れる。
「っちょ、これは!」
視線の妨害と、足場制限。戦術型の真骨頂。
ユイの脚がわずかにバランスを崩した隙に、レイは手を前に掲げた。
「……第五書庫、特別頁──《簡略開頁》、発動」
その瞬間、異能の詠唱が一文字だけで完了する。
空間に浮かんだ本のページが勝手に開き、青白い魔法陣がユイの足元を覆った。
「うそ、ページ飛ばしとか、ありなの!? ずるいってば!」
「これは……まだテスト中の技術だ。試してみる価値はある」
そのまま氷結陣が炸裂し、ユイの動きが一瞬止まる。
勝敗を分けるわずかな時間。その隙を見逃すレイではない。
「勝負は──ここで決める」
「ちょっ、待って、まだ本気出してな……」
雷光と魔導がぶつかり合い、白い閃光が会場を照らした。
そして数分後。
『……勝者、黒崎レイッ! 第一試合、激戦の末に東代表が勝利ッ!!』
レイは息を整え、観客席の歓声には目もくれずにステージを後にしようとする。
だが、倒れ込んでいたユイが、苦笑しながら手を差し出してきた。
「へへ、負けちゃった。でも、面白かったよ。ねぇ、またやろうよ。今度はもっとビリビリでさ」
レイは一瞬だけ黙ったのち、手を取り、彼女を立ち上がらせる。
「……構わない。戦いとは、何度でも繰り返すものだ」
「うん、そういうとこ、ちょっと好きかも」
こうして、黒崎レイは一人目のライバルと出会った。
そして、彼の戦いは──まだ始まったばかりだ。