番外編・赤い顔を見せたくない
彼女(秋月葵)視点の番外編。コメディー0%
多少、前回の「バカップル探偵(中略)僕と彼女の出会い」の内容も含んでおりますが、犯人については触れていないので、そちらをまだ見ていなくても問題ないようにしました。
ってか、こういうのって需要があるのでしょうか?
私は秋月葵。宝院中学の新三年生。この宝院中学校は私立で、中高一貫校。だから、ある程度の成績を取れれば高校進学に困る事はない。
そのおかげで、三年生になっても園芸部の部活動にも一心に打ち込める………筈なのに。
「はぁ」
お花に水をやっていると、何故か自然とため息が出た。このところ、ずっとこんな感じである。
何事にも集中出来なくなってきているのである。前まではお花の世話を出来ていればそれで満足していたのに。
目の前で可愛く咲く花を見て、もう一度ため息を吐く。無論、今でもお花の事が好きではある。世話する事も勿論楽しい。
でも―――何か物足りない。この表現が正しいかは良く分からないが、一番近い感情としては物足りないである。
実のところ自分でも良く分からないのだ。ただ、原因はよく分かっている。
―――彼だ。河合晃。八組の生徒で、私のいる五組とは別のクラスに居る男子生徒。私は始業式の日、殺人犯にされかけたのを彼に助けてもらった。
その時は、ただ彼の推理力に感心したのと、自分を窮地から助けてもらった感謝の念しかなかった。
その後、植物園で彼と二人きりになり、彼にお礼を述べると
「あ、ああ。いえ、貴方が犯人ではない事は直ぐ分ったんです。根拠が沢山ありましたから」
私はその根拠を聞き、改めて彼は凄いな、と思った。
「それと―――」
「まだあるの?」
彼はその言葉を言った後、何故かバツが悪そうに視線を右往左往させる。何か言いにくい事なのだろうか?
私が彼をじっと見つめていると、彼は観念したように呟いた。
「悪い人でも死んだ事を素直に悲しめて、植物を大事に育てるような人が、犯人だと僕は信じたくなかったんです」
思いもしない言葉に、私は心底驚いた。顔が赤くなるのを感じ、思わず俯いた。
少し気まずい雰囲気が流れる。私の鼓動もうるさいくらいに、相手に聞こえるのじゃないかと言うくらいに鳴っている。
何で、鼓動が速くなるのか、何で顔が赤くなるのかは分からなかったが、少なくとも………嫌な気分ではなかった。
学校で殺人事件があったという事で、数日の間、学校はお休みになった。その期間、私は彼に何かお礼をしようと色々思考を巡らせていた。
しかし、一向に妙案が思いつかず、ママに相談してみた。すると、ママはニッコリ笑って私に言った。
「お弁当を作ってあげたら?」
宝院中学は勿論給食制度を取っている。しかし、今まで休みだった分を取り返すために今度の土曜日に登校する事になっており、その日は給食がない。
つまりは、お弁当が必要なのである。この提案も、お母さんがその事を知っているからで出てきたものだろう。
特に他に良い案も思いつかなかったので、私はその提案に甘えさせてもらう事にした。
ただ、私は料理をほとんどした事がなかった。あっても、家庭科の調理実習くらいのものだった。
その日から約一週間、両親に内緒で、密かに料理を特訓をする日々が始まった。
両親に内緒にした理由は、お礼なのだから自分で最後まで作りたかったからだ。
お父さんに知られれば”包丁を持つなんてあぶねーだろゴラァ!”と言って、包丁を取り上げられる。
お母さんに知られれば”あ、火危ないから、このハンバーグは私が!って、野菜はもっと細かく切って!もう貸して!”と言って、結局全てママが作ってしまうから。
二つとも実際にあった事。大切に思ってくれるのは嬉しいけど、親馬鹿にも限度があると思う。
お母さんにも頼れなかった私は、インターネットや近所の本屋でお弁当の作り方を捜し、家の野菜で包丁の扱い方を身に付けた。
「早苗。何で今日のおでんには大根がない?」
「買っておいた筈だったんだけど、勘違いだったみたいで御免」
御免、お母さん。私のせい。でも、それを口にしたら、料理の練習をしている事がばれてしまうので私は心の中で深々と謝った。
毎日、夜遅くまで起きて頑張った。料理をしていて一番大変だったのは”適量”の文字だ。この文字のせいで、料理の味付けに幾度となく失敗し、何度も同じ料理を作る羽目になった。
こうして四苦八苦をして、とうとう運命の土曜日。何とか不格好ながらも、お弁当と呼べるものを作る事が出来た。
私は、自分の分も含めて二つのお弁当を学校に持っていった。そして、昼休み。
「はぁ」
なんて馬鹿なんだろう、私は。馬鹿らしくて、思わずため息が出た。そうだ、私は彼のクラスを知らないではないか(今は知っているがこの時はまだ)。
その上、よくよく考えてみれば、彼もお弁当を持ってきている筈ではないか。それなのに、こんな不格好なお弁当を渡されても困るに決まっている。
二つのお弁当を抱えたまま、私の足は自然と植物園の方向に向いていた。
植物園の前に着くと、そのドアにもたれかかった。ひんやりと冷たい。植物園の出入り口には南京錠がついていて、私は今その鍵を持っていない。
中の植物を見て、少し気分を改善しようと思ったのだが、中には入れなかったので、こうしてドアにもたれかかるだけにしておく。
このお弁当………どうしよう。
「秋月さん?何をしているのでしょうか?」
いきなりした声に驚き、振り向くとそこには河合君ともう一人、事件の時にアシスタントの様な事をやっていた男性がいた。後に知った事だけど、この男性は榊奏と言う名前らしい。
まさか悩みの原因の張本人から話しかけられると思ってなかった私は、素早くお弁当を自分の背中に隠した。
「え、えと………あの」
何か、何か良い言葉はないのだろうか!?返す言葉が見つからず私がしどろもどろになっていると
「―――エロすぎる」
河合君の隣の男性が鼻血を出して倒れる。それを見て河合君は”だからあれほど、倉庫の壁の傷は見てはいけないと言ったでしょう!”と叫んでいる。
私はその光景に少し唖然としたけど、少しして自然と笑みがこぼれた。少し緊張がほぐれたみたい。今なら自然と言葉が出る気がする。
「お昼………一緒に、食べて、いい?」
「え?あの―――お誘いは非常に嬉しいのですが、お恥ずかしながらお弁当を忘れてきまして」
そう言って、彼は事件の会った日と同じく恥ずかしそうに頬をかく。どうやら彼の癖みたいだ。
でも、彼がお弁当を忘れてきたと言った時、私は不謹慎かもしれないがとても嬉しかった。
「だ、大丈夫。むしろ、好都合」
「え?」
これで、心配事はない。
あとは、このお弁当を彼に渡すだけ。勢いにまかせて私は彼にお弁当を渡す覚悟を決め、後ろ手に持っていたお弁当を彼の方に差し出した。
「はい」
彼はそれを驚いたような瞳で見つめた。そうだ、包みに入れているから、彼にはこれがお弁当だと分からないんだ。
「お弁当、作ってきた、から」
「え、お弁当?って僕に?」
私はコクコク頷いた。
その後、彼は私のお弁当を美味しそうに、完食してくれた。
この件以降、私はよく休み時間に河合君に会いに行った。友達の京が、休み時間はほとんど寝ているから暇である、というのも一つの理由ではあるが、何時の間にか、休み時間になると自分の身体は彼のクラスの前に居るのだ。
授業中も、花の世話をしている今でさえ、少し集中力を切らすと、彼の顔が頭に浮かんでくる。
彼は黒のショートの髪型をして眼鏡をかけている。顔立ちは整っており綺麗であるが、特別格好いいという訳ではなく、どちらかと言うと中性的であり、女装が似合いそうだ。
体つきは多少痩せていて、背の高さは中学男子の平均くらい。性格は、多少ふざけている部分もあるけれど、基本的には優しい。………。今、何故か読者からクレームが来た気がする。
でも、何で彼の顔が頭に思い浮かぶのかは分からない。どうしてなのだろう?
「御免、遅くなった」
「いいですよ、僕も今来たところですから」
「嘘。少なくとも二十分は待たせた」
彼と一緒に帰る約束をして、急いでかつ丁寧に植物の手入れをし終え、走って校門に向かうと、彼は私の方に向かってそう言ってきた。
でも、流石に三十分前に約束したのに、今来たところ、という嘘は直ぐにばれる。気持ちは嬉しいけれど。
「でも何でいきなり、一緒に帰ろうなんて言ったんですか?」
「一緒に帰りたかったから」
これは紛れもなく自分の本心だ。まだ、彼と一緒に帰ってない、と思った時に、何故かはよく分からないけれど、一緒に下校したいと感じたのだ。
すると、彼は私の方を少し難しい表情をして見てくる。
「ひょっとして、迷惑だった・・・・・・?」
そう考えた瞬間、とても悲しくなった。
「いや、あ、え」
彼は思い切り言葉に詰まる。やっぱり、そうなんだ………。
「迷惑、なんだ・・・・・・・・・」
目が熱くなり、鼻の奥がツンとする。
「いえ、迷惑なんかじゃありません!本当に!」
彼はそう叫んだ。でも、慌てながらなのでまるで説得力がなかった。
彼は優しい。だから、嘘をついて、私を悲しませないようにしているのだろう。
私の気分はどんどん沈んでいった………。
「あら~、二人とも、おアツいですね~」
私が、もう少しで泣きそうになっていると、友達の京が話しかけてきた。
友達の言葉で我に返り、涙をこらえた。
京と別れた後、私達は一緒に帰った。その間も私の気持ちは沈んだままだったが、表に出さないように努めた。
それに、何故か、分からないけど、京を見て河合君が少しにやけているのを見たら、更に、落ち込んだ。
やっぱり、ああいう娘が好きなのかな……?
京が可愛いのは間違いない。これは断言できる。だから、彼が惚れても、……仕方ない。仕方ない、のだけど…。
何だろう、この胸のもやもやは…?何だろう、胸を締め付けるような感覚は…?
「自慢できるほどの家じゃありませんけどね」
「ううん、良い家」
今は河合君の家の前。河合君の両親を見て、失礼だけど安心した。馬鹿な親は私の家だけじゃなかったみたい。
河合君の家の両親が車で何処かへ行ったのを見送り、そろそろ帰ろうかと思っていた時
「家まで送っていきますよ」
「別に良い」
彼の提案を私は断った。正直に言うと驚いたし、とても嬉しかった。彼は送ってくれると言ったのだ。
迷惑だと、思われて、ないのかもしれない。そう考える事が出来た。それでも断ったのは、やっぱり彼に迷惑をかけたくはなかったからだ。
でも―――。私は車の去った方向をじっと見つめる。あの両親を見た時、あの仲睦まじそうな両親を見た時、私は少し羨ましいと思った。
河合君と何処かに遊びに行きたい―――と思った。私は一度頷いた。
よし、誘ってみよう。断られたら怖いけれど。やっぱり迷惑だと思われている、と分かるだけかもしれないけれど、それでも、それでも―――
「河合君」
「な、何でしょうか?」
私は、彼と別れると、走って家に逃げるように帰った。
多分、今の私の顔は赤い。トマトのようになっているだろう。そんな顔は誰にも、特に彼には見られたくなかった。
家に帰ると、ただいま、とだけ言って、自分の部屋のベッドに横たわり、赤い顔を隠すために枕に顔を埋めた。
少し苦しいが、それでも顔をあげる訳にはいかない。少しでも気を抜けばニヤついてしまいそうだ。
数分たった後、顔の熱がある程度冷め、枕から顔を離した。
「迷惑に、思われてない………!」
そう呟くと、また顔が熱っぽくなり、再び枕に顔を埋める。
彼が快諾してくれた、快諾してくれた!
そう考えるだけで、気分が良くなる。少し足をばたつかせるなど、自分にしては珍しい行動を取ってしまう。
それ程、自分は浮かれていた。そして、結局私は夕飯の時間まで、枕に顔を埋めたままだった。
「さ、早苗、葵の奴どうしたんだ……?」
「さ、さあ?」
「~~~♪」
私は夕飯の時も、常に上機嫌であり、自分の分の食器を洗う時にも鼻歌を歌う程であった。
そんな、私を両親は奇異な目で見てくるが、そんな事はどうでもいいと感じた。
夜、どうも気分が向上したままで、なかなか寝付けなかった。昔、遠足の前の日でも熟睡できた私だが、全く眠気も来ない。
しょうがないので、明日着ていく服などを考えた。どういう服が良いのだろう?やっぱり可愛い服が良いのだろうか?でも、ファッションに疎い私には、そんなに服に選択肢がない。なら、やっぱり自分らしい―――
こうして、夜は更け、結局寝れたのは午前三時頃だった。
朝、七時に私は目を覚まし、眠い目を擦りながら、昨日考えていた服に着替えた。全体的に黒とか紫の大人っぽい感じにまとめてみた。そして、首元にスカーフを巻く。
私には可愛い系は似合わないだろう、という考えを元に、私が出来る最高のオシャレをしてみたが、彼はどう思うだろう?
寝癖を直すためと、部屋の鏡の前で髪をといていると、玄関の辺りが非常に騒がしかった。何かあったのだろうかと、私は玄関に向かった。
「お母さん、お父さん、何かあった?―――あっ」
「あっ」
玄関には制服姿の河合君がいた。私は思わずお母さんの背中に隠れる。まだ寝癖も残っているだらしない恰好で彼の前にでてしまった………。
少し悲しくなりながらも、何で彼が家に居るのかを聞いた。
「そうそう、待ち合わせ場所を決めるのを忘れていたいましたよね?」
「―――あ」
確かにそうだ。決めたのは一時から商店街で買い物と言う事だけ。昨日は、赤い顔を見られたくなく、急いで家に帰ったから決めるのを忘れてた。
その後の経緯を彼はかいつまんで話してくれた。聞けば聞く程、申し訳なくなってくる。私から誘ったのに。
どうせなら今から行こう、と言う話になり、私は急いで、身支度を整え、朝食代わりのヨーグルトを食べた。そして、玄関のドアの前で、二回深呼吸をした後、ゆっくりとドアを開けた。
そこに居たのは、股間を押さえて悶絶するお父さんと河合君の姿。何があったの?
女性の一人称は難しい……。
彼女を可愛いと思ってくれたら幸いです。