10・救いようがない天然
遅れたうえに、短い事を本当に、済まないと思っている!
「はい、つきましーた!でーは、思いっきり名前を叫んでください!」
「できません」
こんな衆人環視の中でそんな痴態が出来る筈がありません!…さっき二回程しましたが。
でも、今は誰が何と言おうと出来ません!だってですよ?店に居た野次馬はせいぜい大人の年齢まで達していますが、ここは公園。そう、公共の場。つまり、何が言いたいかといいますともとから公園に居たお子様がこちらをじっと見てくるのです!滑り台の上とか、ブランコとか、鉄棒とかの近くからこちらを見てくるのです!やめて、この人達、何?みたいな目で見ないで!
「ママ、あの人達、何?」
「見ちゃいけません!」
「ママ、あの人達、何?」
「良く見ておきなさい、あれが駄目な大人の見本よ」
前者と後者、どちらの方が良い親でしょうか?僕は恐らく後者だと思いますが、できれば前者を選択していただけたい。この痴態を目撃する人間は少なければ少ないほどいいのです。…というか言われたい放題ですな。
もう嫌じゃ、とくじけそうな僕に追い打ちをかけるように、野次馬からの催促の視線。八方ふさがりとはこの事。
「ママ、あの人達、何?」
「えー、何処に居るの?」
「ほら、あそこ」
「何ヲ言ッテイルノカナー、ママニハ何モ見エマセーン」
とうとう存在を認めない母親まで出てくる始末。お母さん、どうかそのまま現実逃避しておいてください。僕を見ないで。
「おい、とっとと叫べや~!」
横に居るサングラスをかけた、いかついおじさんが項垂れている僕の小脇をつついてきます。ところでその格好、ちょい悪オヤジを意識していますか?
僕と葵は喫茶店のすぐ近くにある公園の、遊具に囲まれた中央のグラウンドのど真ん中で、向かい合って立っています。美人と公園にいる、なんて素晴らしいシチュエーションですが…、周りを取り囲む暇人(野次馬とも言う)のせいで全然楽しめません。むしろ苦痛。
そして、何故こんな状況に陥っているか?それはカップル特別企画なるものの最終ミッションのため。まあ、一言で説明すれば僕のすべきことは”公園の中心で葵と叫ぶ”。おう、なんかパクリに見えるよ、母上。
つまり、今すぐにも
「葵―!」
と叫べばミッション終了な訳ですが、それをすれば最後、人間としての大事なものを失う事請け合い。そうだ、今度このミッションをニッシーにやらせてみましょう。あいつも人間として大事なものを失……そもそもニッシーに相手がいるのでしょうか…?いるよね…、イケメンだもの。ああ、包丁が欲しい(危ない人発言)
やばい、今なら冗談抜きで「リア充死ねー!」とお腹の底から叫べる気がするZE!
「他の言葉で叫んでも良いですか?」
「却下」
それなら、このやりどころのない思いを何処にぶつければいいのですか!?…八つ当たり良くない……。
これは彼女も相当まいっているだろうと思って、項垂れた頭をあげて様子を見ます。しかし、彼女は何時も通りのクールフェイスでありましたので、何を考えているのか、僕の力量では測りかねます。
そうこうしている間に時間は刻々と過ぎていきます。こころなしか、野次馬の数も増えてきているようであります。まあ公園で人が集まっていたら興味を持って近づいてくるのが人間というもの。これだから三次元は困る(この言葉の裏に隠した意味は、僕の口からはとても言えません)。あ、そう言えば僕達は二次元だった!
「あら~、面白そうな事やってますね~」
「ほらー、またこういうふうに人が―――って何故に貴女がここに居るのですか!?」
「京。どうしたの?」
そう、再びやってきた野次馬さんは日向京さん、その人だったのです。って、あなたは確か、嫉妬駅近くの次元店に行ったのではないのですか!?
まさか、僕達の後をこっそりつけて来たとか!?実はストーカー予備軍!?やっぱり悪女だったのか!?
「それが~、駅を出てしばらく歩いていたら~」
「何時の間にか、ここに来ていた?」
「はい~、何故でしょうね~?」
……まあ、ね。道に迷ったってことね。確かに僕達がカップル特別企画をやっていた事もありますから、日向さんと別れてから一時間はあいています。それだけの時間があれば、一駅分の距離など余裕で到着できます。
しかし……ここまでいくと、彼女ってまさか方向音痴?
ところで、日向さんの出現により、周りの野次馬が「あいつ…、二人目の女か?」とか「修羅場や!修羅場!」、「一人くらい俺によこせ!こんにゃろー!」、「落ち着け!お前は男の娘一筋だろ!」などなどをざわめいているのは、無視してもよろしいでしょう。
「京」
「何ですか~、葵さ~ん?」
「また、やったの?」
「え、前にも道に迷った事あるんですか?」
「たくさん」
「そんなにやってはいませんよ~」
「これで少なくとも93回目」
「ほら~、まだ二桁です~」
「いや、多いですから!二桁って言っても10回と93回では天と地ほど離れていますから!そもそも十回でも多すぎです!方向音痴にも程があります!」
「晃、京は方向音痴じゃない」
「じゃあ、何なんですか!?」
「天然」
たいして変わらねー!むしろ悪化してるやないかーい!しかも断言されてるやないか~い!
「え~、私は天然じゃありませんよ~!」
「リモコンと筆箱を間違えて持ってきても?」
「それは~、慌ててたからで~」
「イヤホンと間違えて、パーカーの紐を両耳に入れていても?」
「あ~、だから、音が流れなかったんですね~。イヤホンが壊れたのかと~」
「…友達のお見舞いに病院へ行った時、”何階ですか?”と聞かれて”面会です~”って答えても?」
「だって~、それしかないじゃないですか~」
うん、天然!完璧天然!救いようがありません!素晴らしい天然!ここまで前例があるのなら、天然と見て間違いありません! ただし、一つだけ言っておきたい事があります!……葵だって若干天然です。
葵は、日向さんに対しての説明を諦め溜息を吐きます。そうです。いくら説明しても自分が天然であると分からない人間が、本物の天然なのです。
最近は偽物天然が多いですからねー。可愛いつもりでやっても”私ってやっぱり天然?”って言っている時点で、天然じゃないと世の男子は瞬時に気がつきます。その瞬間から、男の中ではその女は、ただのぶりっこ女になり下がること請け合い。
それから、もうひとつの見分け方としては、偽物は当たり障りのない間違いしかおかさないのに、本物は凄く迷惑な事をしでかすということですか。
そんなくだらない事を考えていると、いきなり公園に居た小学生くらいの子供が野次馬を掻き分け、僕の背中にタッチしてきました。何ぞ!?
「新川菌、この人に付けたからねー!」
あ、新川菌?何それ、美味しいの?
何故か、次少しシリアス入る予定になりました。何故こうなった。