王都ノルマノンへの到着
国境の街ルージャンを出発して数日、東に向かって来た“希望の灯火”。
王女に対する追っ手は来なかったが、狼の群れに狙われたのを撃退する程度の騒動はあった。
そして、宿場には泊まらなくても、食材の仕入れやその狼の素材の売却などでノーブリー王国の貨幣を使用することになった。
仲間達はイグナシアナの顔色を気にしていたが、本人は割り切った気配である。
「やっと王都ノルマノンか」
「流石に王都の城壁はルージャンに比べて高いな」
「人の出入りもそれほど多いのか分からないな」
流石に王都だけあって出入りはあるはずであり、ナンティア王国における戦争ということでの混雑には思えない。
6人それぞれが冒険者の身分証を見せて王都に入る。
「さて、どちらに?」
ミミが行き先をジョフレッドに確認する。
「追っ手の心配もあるが、ノーブリー王国の迎えにも合流できなかったし」
「使節の拠点に行くしかないでしょう?」
ジョフレッドの呟きにイグナシアナが即断する。
「それって?」
「付き合いのある国家同士は、相手の王都に自国の拠点を作っているのよ。日頃から情報のやり取りをすることもあるし、王族や貴族が外交で訪れたときの拠点にするためにね」
前世での大使館みたいなものかと思うルナリーナ。
「え?それって危険じゃないの?」
「ジョンも言っていたけれど他に方法がないわ。どうせ王城に向かうにはこのままでは許可されないしね」
大使館相当の拠点に向かうが、当然のように門番には制止される。
「このお方は王都から逃れて来られた第3王女、イグナシアナ殿下である」
ジョフレッドが王家の証か何かを見せたようで、門番が慌ててひざまずこうとするのを止めて建物内部への案内を依頼する。
「殿下、よくぞここまで到着されました。しかしお供の方々は残念なことを……」
「いや、勘違いをさせてすまない。王都を出たときからこの人数だったのだ」
「そうでしたか。失礼しました」
ジョフレッドがこの外交拠点で立場が高そうな人物と会話している。イグナシアナはその近くに座っているが、ルナリーナ達は同じ部屋でも入口の近くで立って控えたままである。
『護衛の冒険者だったのだし、これでお役御免かな』
かなり気が抜けた感じであるが、無礼なことにはならないようにだけ気を付けている。
「では、すぐに王城に登られるように手配を頼む」
「え?」
「ダメなのか?」
「は、かしこまりました」
イグナシアナが命令し慣れている感じで指示をしている。
もともとの“希望の灯火”の4人は割り当てられた簡易な客間に入って、職員が退出したところで椅子に座り脱力する。
「ふぅ、疲れたな」
「イグって、やっぱり王女様だったのね」
「あぁ、これで護衛業務は終わりかな」
「報酬を貰って、これからのことを考えないとね」
そこにノックの音がする。
「は、はい」
「入るぞ」
イグナシアナとジョフレッドが元の身分相当と思われる高そうな服に着替えて入室して来る。
慌ててひざまずこうとするルナリーナ達。
「大丈夫だ。俺達だけだ」
「座るわよ。あなた達も気楽に座って」
仕方なく自分達も席につく。
「何とか到着できたけれど、もうしばらくは一緒にこの拠点に居てくれるか?」
「え?でも」
「いや、元々イグナシアナ様を狙っている相手の手がどこまで伸びているか分からないから、護衛の終了を宣言するにはまだ早い」
「承知しました。延長料金はお願いしますね」
「ミミは流石だな。了解した」
翌日にはイグナシアナ、ジョフレッドと職員が登城しに出かけて行ったようだが、ルナリーナ達は拠点で留守番である。王都を散策したかったのだが、待機しておいて欲しいとのジョフレッドの言葉に従うことになった。
「はぁ、それにしても第3王女殿下とは……」
「そうよね、中途半端よね。ノーブリー王族の第1夫人のお子様である王太子殿下や第1王女殿下か第2王女殿下なら」
「そう。しかもあんな冒険者のような格好で逃げ出して来たなんて」
王女達が外出して気が緩んでいたのか職員達の陰口が聞こえてくる。
「ジョフレッド様の待機命令はこういうことだったのね」
「意図していたかは分からないけれど、他国でイグナシアナ様が孤立しているのは確かよね」
夕方になり、王城から戻って来たイグナシアナ達は不機嫌さを隠さない。
「ダメだわ。ノーブリー王国はナンティア王国のために兵を出す気配が無いわ」
「そんな」
「しかも、ラガレゾーの街も陥落したのかもしれない」
「え?」
「小国のナンティア王国やノーブリー王国が手を組んでも、強国のヴィリアン王国に対抗できると思わない、と。ナンティア王国を見捨ててでもノーブリー王国が生き残る手段を模索している感じだったわ」
「流石にナンティア王国の王女殿下を前に、そこまであからさまな発言はなかったのだがな、実態は。そしてイグナシアナ様が王都ノルマノンに到着されたので神輿になって貰う案の検討をする、と時間を要求された」
その憤慨しているイグナシアナ達に、留守番中に聞いた話はできないので、後でジョフレッドに報告をする。
「そうか、やはり」
「想像されていたのですか?」
「ここの職員はナンティア王国出身だけでなくノーブリー王国出身者も多いからな。どうしても第1夫人贔屓になる。第3夫人のお子様である第3王女は……」
「それにしても扱いが酷く無いですか?」
「まぁな」
「それに援軍は本当に見込めないのですか?」
「防衛というのは領土を得られる侵略と違って、勝っても得るものが少ないからな。賠償金をちゃんと取れたならその分配を貰えるが」
「援軍のメリットが無いと?」
「そうだな。それに、もしヴィリアン王国を追い返す力がノーブリー王国にあるのならば、一度ナンティア王国が滅んでからの方が完全支配できると考えているのかも」
「後者ならば、ナンティア王国の王家の血、イグナシアナ様の婿として支配する方が国民の反発も少なくて楽では無いのですか?」
「ルナ、よく思いつくな。しかし、残念ながらノーブリー王族の血が入った第1夫人のお子様達、特に王太子殿下がご存命の見込みであればその案は無い。そもそも、ノーブリー王国にそれだけの戦力が無い」
「では、ノーブリー王国に援軍の依頼をすること自体が……」
「イグナシアナ様も薄々はご認識されているよ」
「ジョフレッド様、そうなるとワイヤックの街は?孤児院は?」
「ミミ、あまり心配しなくても良いぞ。他国を侵略する際、抵抗さえしなければ素直に支配下に入れるものだから。それに神殿に併設された孤児院に何かしても、金銭的なメリットも無いどころか住民から恨みを買うのでデメリットしかない」
「そうですか」
イグナシアナを抜きにしたジョフレッドとの会話では、未来に対してあまり希望が持てる話ではなかったが、護衛任務の延長を引き受けている限りは付き合うしかない。
王城からは引き続き検討すると言われているので、イグナシアナ達は待機するしかない。彼女達が外出しないのであれば職員達の陰口もあまりないだろうし、“希望の灯火”は交代で外出を許可される。
「じゃあ、ルナとアルから行って来て良いわよ。私達は買った食材が傷まないように後からにするわ」
「ありがとう、ミミ」
ナンティア王国の王都ナンティーヌからずっと行きたかった魔道具屋に行き、魔力回復ポーションの納品を打診するルナリーナ。
「ルナ、そんなに落ち込むなよ。冒険者ギルドで納品すれば良いじゃないか」
「まさかそんなに足元を見られるとは」
雰囲気からナンティア王国出身で、そこから持参したと気づかれたようであり、盗品の可能性も疑われ極端に安価な買取額を提示されたのである。
確かに冒険者の身分証をどこかで更新する必要もあると分かっていたので、この王都ノルマノンの冒険者ギルド本部で納品することでギルドへの貢献をしつつ、所属拠点の変更をしておくことにする。
当然に商店よりも良い率ではないため、ルナリーナとアルフォンスは共に1本ずつの納品にとどめている。
「ミミ達も忘れないうちに、ギルドへの貢献かねがね所属拠点の変更をして来てね」
「ノルマノンに長く居るつもりはないのだけど」
「でも、タイミングを逃して抹消されたら困るでしょう?」
「そうね。それより他の魔道具屋にも行ったんでしょう?どうだったの?」
「うん、それがね」




